164:父のその後と人材確保!
その後、私はアンジェラとエミーリャが屋敷に泊まっていけるよう手配し、使用人たちに頼んでもてなしの準備を終えた。二人には、一番広い客用寝室を二部屋開放して寛いでもらう。
そうして、リュゼのいるであろう離れへ走った。リカルドも、後を追って来る。
春の花の咲き乱れる庭を通り離れへ行くと、そこには異様な空気が漂っていた。小さなダイニングの片隅で、あの父が小さくなって震えている。
近くの椅子には、そんな彼と向かい合うように笑顔の従兄が座っていた。どうやら、心配する必要はなかったみたいだ。
(リュゼお兄様、一体お父様に何を言ったの……!?)
項垂れた父をさらに追い詰めるようだけれど、私は王都から使者としてアンジェラやエミーリャが来たこと、国王の判断で当主はリュゼお兄様のまま父に代わらないこと、私が王太子の愛妾になる件もなくなったことを伝える。
元々項垂れていた父が、くたびれた絨毯のようにぺしゃんと崩れ落ちた。もはや、床と一体化している。
「リュゼお兄様、これ、どうしましょうか?」
父を指さして従兄の決断を待つ。すると、リュゼはニッコリ微笑みながら優雅に告げた。
「お祖父様と相談して、叔父様を勘当することにしたんだ。縁を切って、屋敷から出て行ってもらう。彼の借金は、どうしようもないものだけは肩代わりせざるを得ないけれど、他はきちんと支払ってもらうことにしたよ。物わかりが悪いようだったから、少々色々せざるを得なくて残念だ」
「……一体何を」
「ふふふ、秘密。昨日から準備していたんだ」
きっと、恐ろしいことだ。そして、とても用意周到だ……
従兄には最初から父に伯爵領を譲る気なんてなかった。そして、やっぱり父の仕打ちを怒っている。
奴は絶対に手を出してはならない人物を刺激したのだ。
(やっぱり、お兄様最恐……!)
しなびた絨毯と化した父は、動く気力もなかったようだが、使用人たちに寝室へと連行されて行った。部屋の中には、私たちと父の愛人だけが残されている。
部屋の隅で立っていた彼女は、この結果を承知していたようで落ち着いていた。
「大丈夫です、私も彼と一緒に出て行きますから。この度は、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
しずしずとその場を立ち去ろうとする彼女は、やっぱり愛する父を見捨てられないようだ。
長年の生活がたたってやつれているけれど、一緒に駆け落ちしたからには最期まで父と共に生きる気なのだろう。
私は彼女に歩み寄ってその手を取った。
「父を、よろしくお願いします」
ダメ父を見捨てず共にいてくれる彼女には、感謝すべきかもしれない。
私の中には、父と共に駆け落ちした恨みは残っておらず……むしろ今は、あの父を今後も引き受けてくれてありがとうという気持ちしかない。
彼女を無一文で放り出すのはさすがに気の毒なので、最低限の支度金は用意してあげようと思った。
※
けれど、私のそういった考えは全て無駄になる。
翌日、父が屋敷から姿を消したのだ。愛人を一人屋敷に残して。
離れにあった置物など、金になりそうな品が数点盗まれているのは、間違いなく奴の仕業だろう。
リュゼは盗難被害に遭った物の確認や逃げた父の捜索手配中で、リカルドはアンジェラたちをもてなしており、私は一人で離れに来ている。
残された愛人――ケビンの母親は、どうしていいか分からないといった様子で途方に暮れていた。
(そうだよね、こんな場所に一人で放り出されても困るよね……)
こちらも彼女の扱いに困っている。さっさと追い出してしまえばいいのだろうが、そうするのも気が引けた。
父に見捨てられた今、彼女は独りだ。そして、ケビンのいるダン子爵家にも戻りづらいだろう……あそこの子爵には既に新しい妻がいる。実家に戻ろうにも、政略結婚を投げ出して駆け落ちした娘を受け入れてくれる場所は少ない。
身元がしっかりしなければ、きちんとした職にも就きづらい。
(ここで彼女を投げ出すのは、罪悪感が……)
しかも、ケビンの母親は、呆然としながらも既に屋敷を出て行く準備を整えている。思えば、出会ったときから彼女は控えめな態度だった。
だから、思わず私は口出ししてしまった。
「あの、これからどうされるのですか? もし良ければ、私からダン子爵家のケビン様に連絡を取りますが」
しかし、ケビンの母親は頑なな態度で首を横に振る。
「お気遣いありがとうございます。ですが、今更どんな顔をしてあの子に会えましょうか。ダン子爵家に迷惑をかけるわけにはいきません。私の実家にもです」
「ですが、一人で生きていくのは大変です。この国は保守的で、ただでさえ女性は正規の職に就きにくいのに」
「それでも、どこかで働いて生きていくしかありません。私を受け入れてくれる場所なんて、あるかは分かりませんが、これまでもソロ様を養ってきたのです。独りならなんとかなるかと……」
「ちょっと待って。あの父、あなたのヒモと化していたの!?」
「あ、いえ……ソロ様は労働に向いておられないだけで、私が好きで働いていたのです」
迂闊だった、あの父が外でマトモに働けるわけがなかったのだ。今まで奴が生きてこられたのは、ケビンの母親の献身のおかげだったのだろう。
「ちなみに、以前はどのような仕事に就いておられたのですか?」
「食堂の下働きや掃除婦など、いくつかの仕事を掛け持ちしていました。賃金は安かったですが、丸一日働き続ければなんとかなりました。ソロ様には贅沢をさせて差し上げられなかったことが心残りです」
「……なんか、うちの父がすみません」
「謝るのは私の方です。あなたには、とても酷いことをしてしまいました。この結果は当然の報いなのですから、お気になさらないでください」
「とはいえ、この辺りじゃ噂も広まっているし働きにくいでしょう? 他の場所へ移動するにもお金がかかりますし」
顔だけが良い父は、どこかでまた自分を養ってくれる女性を捕まえるのかもしれない。こんなことになるのなら、大貴族の母と別れなければ良かったのに。
色々と考えた末に、私は良いことを思いついた。
「あの、もし良かったらですけど、うちで働きませんか? 屋敷じゃなくて別の土地での仕事になるのですが、現在人手不足で困っているのです」
「いけません。あなたに、そこまでしていただくわけには……」
ケビンの母親は、首を横に振りつつ辞退する。
「賃金は他の人と同額ですが、きちんとお支払いします。赴任先は国内ですが南方の土地で、主に洋服に関しての仕事を担当していただきます。南の土地なら、あなたを知る人もいないでしょう。次の仕事が見つかるまでの繋ぎでもいいので、お願いできませんか?」
「そんなの、私にとって都合が良すぎます。私は罰されなければならないのに」
「私は、あのダメ父を長年養ってくれた方を放り出したくないのです。あなたに何かあればケビン様にも申し訳が立ちません。引き受けてくださると、ハークス伯爵家としても、とても助かるのですが……」
しばらく押し問答を繰り返した末に、ケビンの母親はようやく折れてくれた。とりあえず、南方の地への赴任を承諾してくれたのだ。
移動費やら諸々の費用はハークス伯爵家の負担になるが、貴族出身のケビンの母親には教養がある。我慢強そうな性格なので、きっと戦力になってくれるだろう。
「ブリトニー様、本当にありがとうございます。このアメリア、ご恩は生涯忘れません」
ケビンの母親は、アメリアという名前みたいだ。彼女のことはケビンに報告済みだが、同じ事業に携わっているので、今後どこかで接触があるかもしれない。
まあ、そのときはそのときだ。ケビンはアメリアに悪感情を抱いていなさそうなので、なんとかなるのではと思っている。
そうして数日後、余所で窃盗を働いた父が、兵に連行されたとの知らせが入った。
余罪もあるだろうということで、彼は伯父や伯母のいる塔へ仲間入りを果たしたのだった。












