161:またもや婚約の危機?
私は、無言で俯き、ずんずんと長い廊下を歩き続ける。頭の中は、父の発言によって少し混乱していた。
改めて、ここまで自分の保護者を務めてくれた祖父やリュゼのありがたみに気がつく。
それくらい、父が私に放った言葉は許せないものだった。彼の視線は一人娘に向けるものではなく、ものを見る目だ。
使い勝手のいい道具。父にとって、私はそんな程度の相手なのだった。
「ブリトニー!」
ふと近くで呼びかけられ、前を向くと同時にボフッと布に衝突する。
驚いて顔を上げると、リカルドが心配げに私を見ていた。彼に正面衝突してしまったようだ。
やっぱり心配になって、様子を見に来てくれたらしい。
「どうした? 様子がおかしいぞ」
「……だ、大丈夫だよ」
リカルドに真相を話すには、王太子との婚約のことも包み隠さず言わねばならない。
(ハークス伯爵領で頑張っている彼に、余計な心労をかけたくないんだよね)
けれど、このまま話が進んでしまったら、どうしようもなくなってしまう。
私には、王太子の愛妾になる件を断るだけの権限がないのだ。一令嬢が反論しても、何も変わらない世の中である。
「大丈夫な顔じゃないだろ。ずっと一緒にいるんだ、ブリトニーの表情くらい読み取れる」
そう告げたリカルドは、彼にしては大胆に私を引き寄せ、両手で私の頬を掴んだ。顔を固定されて逸らせない。
「リカルド、ちょっと強引じゃない?」
「ブリトニーが何も言ってくれないからだ。俺じゃ頼りないか?」
「そうじゃないけど……」
「ん?」
モゴモゴと誤魔化していると、リカルドがさらに顔を近づけてきた。
綺麗な緑の双眸に見つめられ、私の心臓は慌ただしく脈打ち始める。そして、彼から微妙な圧力を感じる。
「そ、その……」
「なんだ?」
「あの、うちの父親が、またやらかしまして」
リカルド相手に、何故か敬語を使ってしまった! 彼の圧が、誰かを彷彿とさせるのだ!
さらに続きを促すリカルドに、私は観念して全てを話す。
「お父様がね、私を王太子の愛妾に差し出すと、勝手に城へ連絡を入れちゃったみたいなんだ。それで、王家から使者が来るって」
「…………そうか。ああ、だから」
彼は一人で何かに納得している様子だ。
「ん? どうしたの」
不思議に思って聞いてみると、リカルドはそのまま私に口づけてきた。不意打ちに「グモッ」とおかしな声が出る。
しばらくして唇が離れると、彼は私を安心させるように優しく背中を叩く。
「心配しなくても、ブリトニーは誰にも渡さない。せっかく婚約が許されたのだから」
「でも……」
「大丈夫だ。たとえ大丈夫じゃなくても俺は諦めない。婚約が絶望的になったのは、今回が初めてじゃないしな」
リカルドの言葉を聞いて、私も変に開き直ってしまった。
「じゃあ、そのときは私もまた頑張る!」
「ああ、一緒に抵抗しよう。だが、たぶん大丈夫な気がする。今回の使者だが……」
私に説明しようと彼が口を開いたとき、廊下の向こうから足早にメイドのマリアがやってきた。
「ブリトニー様、お客様です!」
「え? 私に? 特に何の連絡ももらっていないんだけどなぁ」
「秘密裏にお会いしたいとのことで」
「分かったわ。で、誰が来ているの?」
「そ、それが…………王女殿下ご本人が来られています!」
マリアの返事に、私は仰天した。こんな田舎まで王女が来るなんて、普通ではあり得ない。
「ええっ!? 王女って、どっちの?」
「アンジェラ殿下でございます。あと、エミーリャ殿下も。客室へお通ししております」
「まさかのアンジェラ様の方!? 分かった、すぐに行くね!」
私は急いで身なりを整え、アンジェラの下へ向かう。リカルドも一緒についてきた。












