160:父親の大暴走VS従兄
リカルドと屋敷へ戻り朝食を食べていると、少し疲れた様子のリュゼが顔を出した。
身なりはきちっとしており完璧だが、曇り気味の表情は隠せない。
(無理もないよね。他領から帰ったと思えば、あんなことになって)
彼がまた疲労で倒れないよう、気を配っておく必要がある。
「お兄様、なんだか疲れていますね。今日は休まれては?」
「とんでもない。することは山ほどあるんだ……やっぱり、まだ人手不足だからね。特にこれからは領地の外で仕事をしてくれる人員の不足をなんとかしたいよね」
この国では、余所の領地との兼ね合いもあり、現地採用が少し難しいのだという。
かといってハークス伯爵領内で採用しても、なかなか他の領地へ行きたがらないそうだ。
少女漫画の世界のハークス伯爵領の人々にとって、転勤と言う概念が一般的ではないんだと思う。
「うーん、うちの美容部門には女性が多いのですが、南方の仕事を任せられる人員がいないのです。皆行きたがらないし」
元の世界でも、女性は親からの圧力や結婚後の生活を鑑みて地元を出るのをためらう人が多い。
保護者や結婚相手の権力が強いこの世界では尚更だった。
食事を続けていると、侍従のライアンが慌てた様子でリュゼの下にやってきた。
「た、大変です。ブリトニー様のお父上が、余所でこさえたツケを伯爵家に払わせようと……」
ガタリと音がし、無表情のリュゼが席を立つ。直接父を問いただしに行くようだ。
(あ、やばい。徐々に取って付けたような笑顔になってきたぞ……)
危険な兆候なので、私も同行しようと席を立つ。
「ごめんね、リカルド。ちょっと行ってくる!」
ハークス家の借金事情に首を突っ込むことを遠慮したのだろう、リカルドは心配そうにしていたが追ってこなかった。
私が彼でも、他家の借金のやりとりに同行する勇気はない。
リュゼの後を追って、離れの方へ向かう。父とその愛人は朝食後、のんびりと長椅子に座って寛いでいた。
父は行儀悪く寝そべっており、愛人は本を読んでいる。リュゼの登場に、二人は何事かと顔を上げた。
「な、なんだね、リュゼ君……わざわざ離れにまで来て」
「ふふふ、なんだと思います? 身に覚えがありませんか?」
寝転んだまま応対する父に、私は今後のことを考え頭が痛くなった。
(こんの、阿呆父!)
しかし、私やリュゼのことなど気にせず、父はまた別の爆弾を投下した。
「そうそう。王家へ連絡して、ブリトニーが王太子の愛妾になると伝えたんだ。諸々の準備や確認が必要だからと、こちらへ遣いが来るそうだぞ?」
「……え? 何言っているんですか、お父様。私にはリカルドがいるんですけど」
「そんなもの、解消してしまえばいい。今は力のない元アスタール伯爵家からは、何も言うことが出来ないだろう?」
「勝手にそんなことをされては困ります! 借金の件だって……! 自分のこさえたものは、自分で始末して下さらないと!」
「黙れ! 父親に向かって、その口の利き方はなんだ!」
「う、煩い、人でなし! 私の保護者は、お祖父様とリュゼお兄様なんだから! あんたなんか、父親だと思ってないし!」
言い合いを見て、リュゼが一言呟く。
「ブリトニー、静かに」
「はっ!? はい、お兄様」
「僕はここで話があるから、君はリカルドのところへ戻って。あまりブリトニーには聞かせたくない話になりそうだから」
「ですが……!」
「体のことを心配してくれているのなら大丈夫、無理はしていないよ。今は、君もリカルドもいるからね」
そこまで言われたら、引き下がるしかない。私は「分かりました」と小さく呟いて部屋を後にした。
けれど、父から言われた言葉が、どうにも頭から離れない。離れから屋敷に戻る足取りが速くなる。
(リカルドとの婚約を破棄させられたりしないよね?)
王家から来る使者というのも気になった。
正直言って、今の心境でマーロウの愛妾になることは、彼に対しても不誠実なことだ。きっと、マーロウ自身も、そんなことは望んでいないだろう。
とにかく、今は屋敷に戻って、早くリカルドに会いたかった。












