159:朝の訓練で
翌日、私はブートキャンプと剣術の鍛錬をすべく、早めに身支度を調え外に出た。
毎日の日課の稽古だが、剣術担当の老兵士たちは、楽しみにしてくれているようだ。
彼ら曰く、伯爵家の家系は剣術が得意な者が多く、私もその中に入るらしい。成長を見るのが楽しみなのだとか。
(芸術系が壊滅なぶん、こちらでは頑張ろう)
やはり、逃げる時間を稼ぎ、咄嗟の護身が出来るくらいには……そして可能なら大事な人を守れる程度には強くなっておきたい。
(物騒な事件が多いしね)
誘拐されたり、襲われたり。少女漫画の世界は意外と危険なのだ。
途中、離れの前を通ったが辺りはまだ静かで、父もその愛人も眠っているようだった。
朝の空気は爽やかで、近くの枝の上をリスが駆け抜けていく。
「よしっ、頑張るぞ」
私は頬をペシペシ叩いて気合いを入れた。
※
ブートキャンプを終え、木刀で老兵士たちと稽古をしていると、リカルドがやってきた。
「おはよう、リカルド? 早起きだねえ」
一旦手を止めて彼に挨拶すると、リカルドも「おはよう」と返しつつ傍まで歩いて来る。
そうして、彼は老兵士たちに私の剣の相手をしたいと告げた。
「そりゃあいいですな。色々な相手と稽古するのは、ブリトニー様にとって良い経験になります」
「愛ですな。我々もアスタールの剣術に興味がありますので、見学してもよろしいですかな?」
老兵士たちはウキウキしつつ、リカルドの許可を貰って近くに待機した。
「珍しいね。リュゼお兄様は、たまにしごきに来るけど」
「ブリトニーと少しでも一緒にいたいんだ」
真正面から正直に言われ、私はドギマギしてしまった。
「ブリトニーから、打ちかかってきていいぞ。俺に遠慮する必要はないからな」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
私は木刀を素早く構え、リカルドめがけて突撃した。
「うぉりゃああ!」
カツンカツンと木刀がぶつかり合い、手首に衝撃が響く。やっぱり、リカルドは強い。子供の頃から大きく成長した。
(いいえ、剣の腕だけじゃない)
中身だって、ずいぶんと大人になった。ずっと彼を見てきたけれど、もうあの頃のリカルドではないと、彼の行動を見るたびに気付かされる。
「うぉっと?」
激しい打ち合いをしている途中、石につまずいた私は思わず体勢を崩してしまう。しかし……
「大丈夫か?」
転倒する前にリカルドが素早く駆け寄って私の体をしっかりと支えてくれた。
私を助けるくらいでは揺らぎもしない力強い腕に硬い胸板、優しく余裕のある態度を間近で見て、またしても落ち着かない気持ちになる。
(もともとリカルドのことは大好きだけれど、そういうのではなく、なんというか……すごくドキドキして恥ずかしくて逃げだしたくなっちゃう!)
どうしてこんなにも彼を意識してしまうのか、自分でも分からない。けれど、以前とは明らかに彼を好きな度合いが違うのだ。
「ブリトニー……心臓がものすごくドキドキ言ってる」
私を抱きしめたリカルドが、耳元で優しく囁いた。
「ち、ちょっと、剣の稽古を頑張り過ぎちゃった……かな」
震える声で返した私を見てリカルドはクスリと笑って手を離した。
大人っぽく余裕のある彼の態度を目の当たりにした私は、さらに心臓の音が激しくなっていくのを感じたのだった。
「そろそろ、時間だな。ブリトニー、屋敷に戻ろうか」
「え、うん、そうだね。リカルド、ありがとう」
もじもじとお礼を言う私を見て、老兵士たちが「初々しいですなあ」とニヤニヤしている。
そんな彼らの様子も、私の羞恥心を肥大させるのに一役買っているのであった。












