157:父VS祖父
急いでリュゼやリカルドと一緒に父のいる書斎へ向かう。きっと、祖父もそこにいるだろう。
「お、お祖父様!」
バァンと扉を開け、私は室内へと走り込んだ。
書斎の奥にある椅子に見知らぬ黒髪の男性が、彼の傍らにはウェーブのかかった茶髪の女性が、二人の正面には渋面の祖父がいる。
黒髪の男性は堂々と椅子の背にもたれ、女性は彼を頼るように視線を向けていた。
祖父はというと……
「ブ、ブリトニー! 良いところへ帰ってきてくれた!」
今にも駆け出さんばかりの様子で、私に向けて満面の笑みを浮かべている。
私の後ろから、リュゼやリカルドも顔を出した。
「お祖父様、そちらの方々は……」
「おお、リュゼ! 儂の馬鹿息子と、その愛人だ。二人して今更ノコノコと戻って来おった。伯爵家に迎え入れて欲しいなどと寝言をぬかしておる」
「へえ、なるほど。伯爵家に……」
リュゼは深い海のような青い目を私の父へと向ける。
一見穏やかに見えるそれは、私から見れば危険信号……赤、黄、青でいうと黄色の点滅である。
この状況なら、すぐにでも赤が発動しそうだ。
そんな従兄の危険な状況に気付かず、父はリュゼに対して高慢な笑みを浮かべた。
(あ、あんたは、リュゼお兄様にそんな態度を取れる立場じゃないでしょ……! 土下座して涙を流して感謝しても到底足りないというのに!)
この親父、伯父や伯母と同じニオイがする。ロクデナシのニオイだ。
私が観察していると、父がリュゼに向かって尊大な態度で語りかけた。
「リュゼ君。留守の間、よく伯爵家を守ってくれた。私が戻ってきたからには、もう大丈夫だぞ?」
瞬間、伯爵家メンバー……祖父とリュゼと私の動きが凍り付いた。
(このアンポンタンめ! 一体何を言っているの……!)
ギギギと首を動かし隣を見ると、リュゼの微笑みが深くなっている。
(ヒィーッ! 赤信号寸前!)
なのに、ニブイ父はリュゼの微笑みを真に受け、言葉を続けた。
「伯爵の座は私が引き継ごう。元々そうだったんだし、いいですよね父上。もちろん、リュゼ君には私の補佐として領地に残ってもらいたい。あ、ブリトニーは、すぐにでも嫁に出す予定だ。王家から打診が来たんだって? 名誉なことじゃあないか、ぜひお受けするんだ。それで……」
べらべらと勝手にまくし立てる彼の予定を遮ったのは祖父だった。
「馬鹿者! いい加減にせんか! 実の娘にその言い方はなんだ! それに、この領地の伯爵はリュゼだ。この子が、ここまで伯爵家を持ち直してくれたのだからな!」
普段は頼りないが、愛する孫が絡むと祖父は実に頼もしくなる。
「だいたい、なんなのだ。今まで行方を眩ませて、伯爵家が盛り返してきたところで図々しくも顔を出し、あまつさえ伯爵になるだと? 寝言は寝てから言え!」
祖父はいつになく饒舌だった。それほど、頭にきているということだろう。
「血の正統性は私にあるのです、国王に訴えれば私こそが当主に相応しいと判明するでしょう!」
「馬鹿を言うな。ハークス伯爵の地位を放り出して、十年以上行方を眩ませていたくせに、そんなことがまかり通ってたまるか! お前が出て行ったとき、ブリトニーはまだ三歳だったのだぞ!」
「ああ、そこそこ美人に育ってくれて良かった。娘を王家に差し出せば、私が正式に領地を継ぎなおすことも認められるというものです」
「ブリトニーには、ちゃんと婚約者もいるんじゃぞ!」
「ああ、聞いていますよ。アスタール家の元跡取りでしたか。だが、今は領地の半分を王家に没収され、残った土地も分家が治めているとか。婚約する理由がないじゃないか、いっそ王家に愛妾として差し出した方が……」
「お前は、それでも父親なのか!」
どうしようもない言い合いが始まって、聞きたくもない言葉が飛び交っている……と思っていたら、そっと何かが私の両耳に触れた。
振り向くと、リカルドの手が私の耳を押さえている。
「リカルド……」
その間も祖父や父が言い争っているが、何を話しているのかまではわからない。
今更、実の父親の言葉で傷つくことはないが、リカルドの優しさに心が温まった。












