155:ダン子爵領へ
ダン子爵家でケビンに再会した私たちは、緊張気味な彼に案内されて子爵領を見学する。
こちら側から三人も来てしまったため、恐縮しているようだ。
(……リカルドもリュゼお兄様も、なんだかんだ言って過保護だよね。私一人でも大丈夫なのに)
さっそく、屋敷の近くにある、絹糸を作っている建物に案内してもらった。移動は主に、馬と徒歩だ。
辿り着いた風通しの良さそうな広い建物で、中にはいくつかの木箱が詰まれている。
「ケビン、これは……?」
「ああ、カイコの幼虫だな」
木箱の中には桑の葉が敷き詰められ、その上に小指の爪ほどの幼虫が乗っていた。
「そっちの黒いのは、まだ小さいやつだな」
「向こうの箱にいる白いのが成長したやつ。あっちに置いてあるのが繭。中に蛹がある……これを丸ごと茹でるんだ」
「話は知っていたけど、初めて見た。ねえ、茹でた後の中身はどうなるの?」
「中身? 蛹のことか? 普通に食べるし家畜の餌にもなるな。海も山もないうちの領地では、貴重なタンパク源だから」
「……そうなんだ」
隣り合った別の建物では、女性たちが糸を紡いでいた。
こういった建物がいくつか並んでいて、子爵領で暮らす女性たちの収入源になっているのだとか。
「少し離れるが、布を織る場所や染色している場所もある。その布で服を作っている場所も」
私たちは、ケビンの案内で様々な建物を回った。
リュゼはキュプラ試作工房に興味津々だったが、こちらは製品として完成するまで少し時間が掛かりそうだ。
移動している最中に、ケビンが私に声を掛ける。
「ブリトニー嬢、疲れていないか? 令嬢にはキツイ行程では……?」
「私なら大丈夫よ、体力はあるの。それより、ファスナーを使ったドレスの試作品が出来たときいたのだけれど」
「ああ、こっちだ」
ケビンは、ドレスを作っている工房へ私を案内した。
中では、複数の女性が縫い物をしている。ケビンは奥の一室へ足を運び、試作品のドレスを広げた。
「これが、お前に言われて作った。ファスナー付きのドレスだ」
「ありがとう」
見たり触ったりしても、特に問題なさそうだった。縫製もしっかりしている。
「せっかくだから、ブリトニーが試着してみたらどうだ? 試作品は、お前の体型で作ってあるのだろう?」
リカルドの言葉にケビンが同意した。
「ブリトニー嬢、感想を聞かせて欲しい」
「わかった。着替えさせてもらうね」
試作品のドレスは、光沢のある絹製の青いドレスだ。ところどころに、薔薇の飾りがつけられている。
依頼したときから体型が変わっていないので、すんなりと一人で着替えることが出来た。
余計なコルセットは着けなくとも、ドレスだけでそれなりの装いが出来てしまう。縫い方とファスナーのみで綺麗なラインを出せるドレスだった。
スナップボタンやホックも地味に使用している。
(うん、特に問題はないかしら……)
着替えが終わり男性陣の下に顔を出す。
すると、頬を染めて立ち上がったリカルド……を自然すぎる動作で押しのけたリュゼが、歩み寄って「似合っているね」と褒めてくれた。
「あ、ありがとうございます、リュゼお兄様」
「うん。そうだ、このドレスは買い取れるかな?」
「あ、ああ、は、はい……もちろんですとも!」
ケビンは、リュゼに対しては始めから従順だ。最も逆らってはいけない人間を、ちゃんとわかっているようだった。












