150:王女殿下、婚約者をギャフンと言わせたい(アンジェラ視点)
色々あったが、中央の国の王宮は無事に春を迎えた。
物騒な大貴族の反乱など、国に打撃を与える事件はあったものの、今の王宮は静かで平和だ。
私――アンジェラも、国のために王女として邁進する日々を送っていた。
「はぁ、ブリトニーやノーラに会いたいですわ」
今は城の空き部屋で一人、北の空を見上げてボンヤリしている。昨年までの賑やかな王宮が嘘みたいに静かで、ぽっかりと胸に穴の開いたような心地だ。
小さくため息をつくと、黒子メイドが素早く動き、気分を落ち着かせるためのハーブティーを持ってきた。
これらは、王太子である兄マーロウが種から育てたものだ。
彼が、大事にしているハーブを分けてくれたことを知っているので、私は内心喜んでいる。
けれど、口では「またですの? ハーブティーは飲み飽きましたわ」などと、心にもないことを言ってしまうのだ。
(どうしてこうなってしまうのかしら……)
プライドの高さから、人前でつい虚勢を張ってしまう。
しかも、マーロウやエミーリャにはそれがバレバレで、生ぬるい視線を向けられ微笑まれてしまうのだ。
そういうときは、自分の子供っぽさがありありと感じられ、無性に情けない気持ちになる。
特に、エミーリャと過ごしているときは、そうなることが多かった。
彼の方が年上とはいえ、余裕の表情でなだめられると悔しい。
(いちいちイライラしていては、いけませんわね。デキる王女失格ですわ)
第一王女である私は、妹の良い見本にもならないといけないのだ。
長椅子に座ってカップを手に取りハーブティーを一口含むと、口の中に優しい花の香りが広がった。
「これは……?」
呟くと、黒子メイドが「ラベンダーティーです」と返事をした。
しかし、彼女が続きを話す前に、別の声が割り込む。
「リラックスできるハーブティーだね。ラベンダーはハーブの女王と言われていて、頭痛や風邪にも効くんだよ? アンジェラのイライラにも効くし。マーロウ殿下、ナイスな選択だね」
「……っ! エミーリャ様」
見ると、長い赤髪を後ろで一つにまとめた飴色の瞳の美青年が背後に立っている。
「あなた、勝手に部屋に入ってこないでといつも言っていますわよね」
「アンジェラの私室には入っていないよ? ここは、誰でも入れる空き部屋だと思っていたけど?」
「明らかに、私が個人的に使用しているじゃありませんか!」
「そうだね、だから来た」
「…………」
自分は気が強い方だと自負しているが、エミーリャには口で勝てる気がしない。
いつも、飄々とした彼に軽くいなされてしまう。
(悔しいですわ! いつか、ギャフンと言わせてやりますわ!)
心の中で、婚約者への逆襲を誓った私は、彼を向かいの椅子へ座るよう促す。
さすがに、他国の王子を一人立たせておく訳にはいかない。
しかし、エミーリャは私の向かいの席ではなく、すぐ隣に腰を下ろした。
さほど大きくない長椅子なので、肩と肩が触れあってしまう。
(ああっ、私の馬鹿! どうしてこんな日に限って、袖なしのドレスを着てしまったの!?)
春先とはいえ、まだ肌寒い季節。室内は暖炉の火が焚かれているところが多い。
すると、どうしても熱くなってしまうので、私は肩にかけていた上着を脱いでしまっていた。
まさか、異性のエミーリャが来るとは思っていなかったからだ。
(どうしましょう、はしたないですわ……!)
ぐるぐると脳内を巡る思考がまとまらず、私は何も言えずにティーカップに口をつける。
(ふう、落ち着きますわ)
そんな姿は、私が理想とする「完璧な王女」とはほど遠かった。
「なるほどね。アンジェラは、ハーブティーが好きなんだな」
隣から、小さく笑いを含んだ声でエミーリャが話しかけてくるが、いつものごとく反射的に否定してしまった。
「そ、そんな! 好きではありませんわっ!」
「はいはい。南の国にも良いハーブティーの材料があるから、今度持ってきてあげるよ」
「で、ですからっ!」
「ルイボスなんてどう? うちの兄が広めているんだけど、体の中の老化を促す物質を取り除く働きがあるから、美容と健康にいいんだって。あと、冷えを取る効果もあるらしいよ」
「わ、私が老けているとでも……!?」
「そんな訳ないじゃん。俺が心配しているのは……」
そう言って、エミーリャは私の両手を取った。
「ほら、指先が冷たい。いくら暖炉があるからといって、そんな格好をしているからだよ?」
黒子メイドに目配せした彼は、彼女らに私の脱いだ上着を持って来させている。
そうして、それをふわりと私の肩にかけ直した。
……完敗だ。
もはや負けが多すぎて、今となっては何に負けたのかすら覚えていないが、根本からして到底彼には太刀打ちできないと思う。
「……大げさなのですわ」
「そうかな。自分の奥さんに健康でいて欲しいと願うのは、当然だと思うけど?」
「お、奥さっ!?」
「だって、俺たちは正式に婚約するでしょう? もうすぐ、大々的に国中に発表されるし」
「……っ!!」
顔に血が上り、心臓がバクバクと音を立て始める。「何も今、そんなことを言わなくてもいいのではなくて!?」と言ってやりたいが、私の金魚以下な口はパクパク動くだけで肝心な言葉を発することが出来ない。
にこにこと余裕の笑みを浮かべるエミーリャが憎らしかった。
彼の言う通り、私たちの婚約発表のときは近い。
おそらく、夏までには、この中央の国中に私たちの婚約が知らされるだろう。そして、間をおかずに結婚という運びになるはずだ。
昨年に件の大貴族が起こした反乱など暗いニュースを流すため、敢えて華やかで喜ばしい話題を全国に提供するのである。
釈然としない気持ちだが、これも王女の役目だった。
国の……王族の印象アップのためにも、私は頑張らねばならない。
(ブリトニーもノーラも、別の場所で奮闘しているはずですもの。負けてはいられませんわ! とりあえず……)
まずは、目の前の男をどうしてくれようと、私はハーブティーのおかわりをしながら頭を悩ませるのだった。












