148:白豚令嬢、領地に戻る
ハークス伯爵領にのどかな春がやってきた。
冬の終わりに誕生日を迎えた私は、十七歳になり領地に戻っている……リカルドと一緒に。
この度、私の婚約者になった彼は、リュゼとの約束を果たすためにハークス伯爵家で修行することとなったのだ。
……人手不足なので、リュゼに体よく使われていると言ってもいい。
(リカルド、頑張って! 私も頑張らなきゃいけないけど……)
従兄は私の方にも課題を出していた。
今までリュゼに甘えていた部分――取引や交渉の経験を積むように言われている。
中央の国では表立って仕事をする貴族女性が少なく、まだまだ取引の場や交渉の場では敬遠されがちだ。特に、私のような十七歳の小娘なんて相手にされない。
今の私の功績だって、知り合いは信じているが、全く関わりのない相手からは信じられていないだろう。たぶん、「北の伯爵の仕事をちょっぴり手伝った」くらいの認識だ。
(いつまでも他人任せにするのは駄目だってわかっているけれど……ことを荒立てたくないんだよなあ。いいじゃん、私が前に出なくてもそれで円滑に進むなら)
リュゼなら普通にやりとりできるところだが、私が出れば絶対に嘗められるし不要な軋轢を生む。
元の世界でも業界によっては、そういう部分があった。この発展途上の国では尚更なのだ。
気分を変えるために、私は差し入れを持ってリカルドたちの元に向かった。
時刻は昼過ぎ……この時間はリュゼと一緒にいるはずだ。
屋敷の二階にあるリュゼの仕事部屋へ向かうと、中には姑のごとく仕事のダメ出しするリュゼと素直に話を聞いているリカルドの姿があった。
(……お兄様は私にもスパルタだけれど、リカルドにも容赦がないな)
同じような目に遭っている身としては、心からリカルドを応援したい。
こちらの姿を目に留めたリュゼが休憩にすると告げたので、私は差し入れを渡す。
「大丈夫、リカルド? 疲れているみたいだけれど……」
「大丈夫だ、問題ない。リュゼが俺の年には一人で領地を回していた。アスタールと勝手は違うができないことはないはずなんだ」
少し悔しげなリカルドは、やる気に燃えている。
(頼もしい。私もワガママを言っては駄目だよね……)
表に出て取引したくないとか口にしている場合ではない。人手が足りないのは事実なのだから。
腹を括って動き出さなければならないと強く感じた。
(交渉以外でも、することはたくさんあるし。できることからコツコツと!)
手始めに、温めていた計画を休憩中のリカルドに相談してみる。多忙なリュゼは、部下に呼び出され部屋を出て行った。
「でね、今度街道が通るから、主要な場所にハークス伯爵領を紹介できるような施設が欲しいの」
新しくできる街道沿いには、前世の『道の駅』のようなものを置きたいと思っている。
ハークス伯爵領で推したい製品はたくさんあるので、日持ちするものをお土産のような形で置いてもらうのだ。最終的には温泉なども活用し、観光地化を目指したい。
(目指せ、税収がっぽり!)
最近、どこかの誰かさんに似てきたような気もするが、きっと気のせいだろう。
私は、守銭奴じゃないはずだ。
領内の技術者も育ってきており、一人では作り出せない諸々の商品製作も実現できるようになった。税収アップによる土地改良で農地も以前より豊かになり、農業も以前より格段に発展している。
最近は稲作農家も増えていた。苗は、セルーニャが送ってくれたのだ。
「ホットワインが好評だったから、今年の冬は国内用に生産を拡大して……スパークリングワインとサングリアの新作は南の国に送る予定。セルーニャ殿下やエミーリャ殿下とは仲良くしておきたいし。ビールや米酒の生産も始めたいな。確か、作り方は……」
熱弁していると、リカルドによるストップがかかる。
「ブリトニー、仕事熱心なのはいいことだが今は休憩時間だ。せっかく二人きりになれたし、もっと婚約者らしいことをしたい」
そう言うと、彼は少し屈んでじっと私の顔を覗き込んだ。澄んだ緑色の瞳に、戸惑う自分の顔が映っている。
「こ、婚約者らしいことって……?」
「そうだな。例えば……」
首を傾げる私の髪をリカルドは一房取って口づける。
「ひゃわっ!? えっと、リュゼお兄様に怒られないかな?」
「今はいないし、これくらいなら大丈夫だろ?」
純粋なリカルドだったが、最近少し臨機応変なワルになってきた。どこかの誰かさんの影響かもしれない。婚約者になったこともあって、リカルドは以前よりも格段に積極的だ。
彼と一緒に過ごすことに慣れているはずなのに、こうなると落ち着かない気持ちになる。
「は、恥ずかしいんだけど……」
「そういう反応もいいな」
(どうして一人だけ、大人びたような発言をするの……!? 私の方が、前世のぶん年上なのに!)
恋愛経験値がほぼゼロのせいで、彼の持つ余裕に戸惑うばかりだ。
(あの、無垢で初心なリカルドはどこへ……?)
私は真っ赤な顔のまま、リカルドを見つめることしかできないのだった。












