146:未来への選択(リカルド視点)
俺――リカルドは、現在戦闘中だった。
一度屋敷の外に出て大貴族の返答を待っている間に、相手がこちらを排除しにかかってきたのである。
排除といっても、彼らはマーロウ殿下だけは殺さないつもりだろう。
(おそらく、人質にして国王に無茶な要求を通す気だ。街道の件で……)
この場にいる味方で位の高い貴族はいないし、リュゼや俺、他の貴族程度では国王は動かない。だから、相手は確実に生きた王太子を捕獲する気だ。
ここへ来る前に聞いたブリトニーの発言――マーロウ殿下の生死についても心配なので、なんとしても彼を守らなければならない。
(ブリトニーの件も心配だ。どうか、無事でいてくれ……)
大貴族に雇われた兵士の数が多く、こちら側が優位なものの捕縛に時間がかかっている。
「マーロウ殿下をお守りしろ! 絶対に、相手に渡すな!」
相手は一点突破を狙ってきている。
一番腕の立つリュゼが、ものすごい勢いで相手をなぎ倒していくのを見て、俺も負けじと剣を振るった。マーロウ殿下も、ブリトニーから習った護身術で二人を撃退している。
不思議なことに、敵兵の中にはあからさまにマーロウ殿下を攻撃する者がいた。もちろん、事前に護衛が防いだが。
(王太子を攻撃してはならないはずなのに、戦っているうちに混乱したのか……?)
人数は多いが、大貴族の雇った兵士たちは全体的に質が低い。
※
そうして、半日ほど争った後……ついに大貴族の館を制圧したのだが、肝心の主――敵の親玉の姿が見えない。混乱に乗じて身代わりを立て、逃げたようだ。
(まだ、遠くへ行っていないはず)
くまなく周囲を探した俺は、建物の外で裏手の森へと逃げる大貴族を発見する。
それと同時に、屋敷の中から火の手が上がった。
「あいつ……! 逃げるときに建物に火を付けたのか」
慌てて味方兵士たちは捕虜共々屋敷から脱出する。
偶然外にいた俺と小隊長は、そのまま大貴族を追った。
(今から追えば十分に追いつける)
すると、その途中で背後の壁が大きく音を立てて崩れる。初めから、一点を崩すと、なし崩し的に屋敷全部が倒壊する設計のようだ。
今回のような脱出時のことも考慮していたのだろう。
真っ先にマーロウと彼の護衛が脱出し、他の兵士や捕虜たちも建物の外へ出る。
リュゼは残り、最後まで皆に避難を急がせていた。
しかし、屋敷の倒壊速度が速く、火の粉も舞っている。このままではリュゼの身まで危険にさらされそうだ。俺は少し迷った。
(今、大貴族を追って小隊長と共に捕縛すれば、大きな手柄を立てられるかもしれない……)
春が来るまでに実績を残せば、ブリトニーとの婚約は認められる。
(……チャンスは、今、このときしかない)
けれど、現在リュゼたちが危機的な状況だ。
逃げる大貴族は単身なので小隊長だけでも捕縛できそうだが、建物から逃げる味方や捕虜の数は多く、脱出が追いついていない。
このままでは、味方を逃がしているリュゼが倒壊に巻き込まれてしまいそうである。
(それは、絶対に駄目だ……)
考えるよりも先に体が動いた。
大貴族の捕縛も大事だが、リュゼにもしものことがあれば元も子もない。
「小隊長、後は任せる! 俺は、リュゼのところへ行く!」
部下の小隊メンバーたちが隊長を追ってきていることを確認した俺は、瞬時に踵を返して友人の元へ走った。
「リュゼ!」
落ちてくる瓦礫を避け、建物の入口へ駆け寄った俺はリュゼに向かって叫ぶ。
「俺も手伝う!」
こうして、中にいる全員を脱出させ終わった直後、豪快な音を立てて屋敷が崩壊した。
すんでの所で、全員を逃がすために入口付近で粘っていたリュゼを外に引っ張り出す。
(あ、危なかった……)
パチパチと燃える炎の前で、俺とリュゼは顔を見合わせた。
「引っ張ってくれてありがとう。でも、主犯の大貴族を捕らえれば、君の手柄になったのに……」
一体、どこに目が付いているのだろう。リュゼは俺の状況を全部把握していたようだ。
しかし、俺は彼の言葉に反論する。
「意地の悪いことを言うなよ。そんなことをして手柄を上げても、リュゼに何かあればブリトニーは悲しむ。こんな形でお前をなくしたら、あいつに顔向けできなくなるだろうが。それに、リュゼだって……俺の、だ、大事な友人だ」
心中は穏やかじゃないが、ここでリュゼを手伝わない選択肢はなかった。
彼のおかげで、倒壊による死者は出ていない。
「早く城へ戻るぞ。エミーリャ殿下やルーカスもいるし大丈夫だとは思うが、ブリトニーが心配だ」
「そうだね。急ごう……」
リュゼは少し思い悩んだ表情になり、城のある方角を眺めた。
「どうした?」
「いや、なんでもないよ」
そう答える彼の感情は珍しく揺れているようで、青い瞳を覆い隠すかのようにそっと睫毛が伏せられる。
「リカルド……」
「ん? なんだ?」
リュゼは何かを俺に伝えようとしたが、その前にマーロウたちが彼を呼び、俺は内容を聞きそびれてしまったのだった。












