145:少女漫画との相違
「二人とも、大丈夫かい? 大きな叫び声が聞こえたから、走ってきたんだ。何故か、配置されているはずの兵の姿も見当たらなくて……」
「メリル、ブリトニー! 怪我はありませんこと? 早く、こちら側へいらっしゃい」
メリルが「お姉様〜!」と、半泣きになりながら、アンジェラの胸へ飛び込んだ。
アンジェラは姉らしく妹を慰めている。
衝突することも多いけれど、アンジェラは家族思いの王女に育っていた。メリルも、少しずつ兄や姉の言うことを素直に聞くようになっているみたいだ。
エミーリャとアンジェラに手配された兵士が、倒れた刺客を回収していく。
「助けて下さって、ありがとうございました。なんだか、刺客っぽくない人たちでしたね……」
「令嬢相手だから、手を抜いたのかもなあ。刺客にも、色々あるからさ」
エミーリャが、兵士たちを見送りつつ答えた。
「それに、なるべく殺さないように言われていたんじゃないかなあ? なんだかんだ言っても、殺してしまったら要求を通しにくい。捕まえて人質にした方が楽だ」
「……刺客は、手加減をしていたということですか」
「うん。でも、ブリトニーが意外と健闘したから、相手は焦ってしまったのかもしれない。俺たちが駆けつけたときには、割となりふり構わない感じになっていたから」
私やメリルは、最初から、少女漫画のように殺される予定はなかったということだ。
……人質要員だったのだろう。
(少女漫画との差はなんだったの? 漫画では、メリルを本当に殺す気で襲っていたみたいだけど……あ、そっか! 鍵となるのは、アンジェラ一派の存在かもしれない!)
私は、その可能性に気がついた。
アンジェラ一派とは、第一王女や彼女を取り巻く悪人たちの総称である。
もちろん、その中にはノーラやブリトニーも含まれていた。
彼女たちが悪い貴族に命令すれば、刺客がメリルを殺そうとすることだって考えられる。
事実、少女漫画の中でも、アンジェラ一派は何度もメリルを排除しようとしていた。
城から追い出し、帰ってきたメリルに「平民に開く門はありませんわよ!」と門前払いを食らわせるのは序の口で……
大勢での食事の際、料理に大量の唐辛子を混ぜて恥をかかせたり、ゴキブリの死骸でベッドを覆ったりと、割と手の込んだ嫌がらせもしている。
さらに、雇った貴族にメリルを強引に誘惑させたり、ドレスに細工してスカートが破れる仕様にしたり、悪徳商人と組んでメリルを奴隷オークションで売ろうとしたり……極悪非道な真似を繰り返していた。
ブリトニーが処刑された原因となる事件だってそうだ。
偶然だが、目の上のたんこぶだった兄の殺害に成功したアンジェラは、自らが王位に就きたいと考えるようになり、父である国王を消そうと食事に毒を盛ることを試みるのだ。
少女漫画でのアンジェラは、悪い貴族たちの旗頭になっていたので、彼らに唆された部分もあったのではと思う。アンジェラを頭に据えてしまえば、悪い貴族たちだってやりたい放題出来るのだ。
アンジェラは、国王暗殺計画に手下を使う。自分の手は汚さず、取り巻きのブリトニーに毒を盛らせるのだ。ブリトニーなら、頻繁に厨房へ出入りしているので怪しまれない。
命令する際には、毒とは伝えずに「滋養強壮薬」と告げていた……
基本、食べることしか頭にないブリトニーは、言われたまま仕事を遂行するついでに、毒を入れる前の食事をつまみ食いする。
しかも、国王用の食事で美味しかったからか、かなりの量を食べた!!
その後、適当に盛り付けをいじって誤魔化した!!
国王は毒により死亡。しかし、つまみ食い後の杜撰な盛り付けから足が付き……ブリトニーが容疑者として浮上!!
そして、彼女はアンジェラに見限られ、処刑へまっしぐらとなってしまうのだ。
ついでだとばかりに、関係ない事件も全部ブリトニーのせいにされ、処刑後にハークス伯爵家は没落の後取り潰し……領地は王家の持ち物となる。
事件を通して絆がさらに深まったメリルと二人の王子は、そのままハッピーエンドへと突入。
アンジェラも修道院行きになり、王族が全員いなくなってしまったので、結果的にメリルが新女王となった。
(新米女王に、領主のいなくなったハークス伯爵領……北の防衛面がガタガタになっていなければいいけど)
少女漫画の結末を思い浮かべた私は、ハッピーエンドの後のハークス伯爵領が気になって仕方がない。
(いやいや、私が退場した後の話だし……少女漫画内の出来事だから、どうしようもないし)
でも、ハッピーエンドの後……第二部は、なかなかヤバい展開になるんじゃないかなとは思う。
特に北の国にとっては、「待ってました」という事態で、ルーカスがメリルの味方についていなければ、中央の国を乗っ取るのに好都合な状況だ。
(アンジェラ一派が存在しない現実では、こんな最悪な事態にはならないよね。安心安心……たぶん)
こちら側はなんとかなったものの、マーロウたちが心配だ。
(お兄様やリカルドも、怪我をしていなければいいけど)
私は不安な気持ちを抱えながら、窓の外を見つめるのだった。












