144:物を投げる姉妹
ゼエゼエと息を切らしながら、私とメリルは人のいない廊下を疾走する。
足の怪我も治っているし痩せた私は、メリルと共に逃げることが可能だ。
(なんで、今日に限って誰も廊下を歩いていないの? まるで、意図的に人払いがされているような……)
夕食後の時間帯なので、人が少ないのはわかるが、誰もいないことはない場所のはずなのに。
(あれこれ考えていても仕方がないか、今は逃げなければ)
しかし、走っている途中で、メリルが転んでしまう。
「あっ……!」
「メリル殿下!」
慌てて踵を返し、メリルを助け起こすが、その隙にメリルを追っていた者たちに追いつかれてしまった。
足音が近づき、廊下の角から黒ずくめの男が二人現れる。
顔は覆面で隠れており、身軽そうな服を着ていて……いかにも、暗殺などを生業にしていますよ〜という外見である。
彼らとの距離を測り、逃げ道を探している私は、あることに気がついた。
「この景色、見たことあるかも。廊下という場所、黒い服の暗殺者……!」
それは、少女漫画の中でメリルが悪い貴族の刺客に襲われている場面だった。
多少異なるが、そのときの様子が現実に再現されている。
今は、漫画通りに物事が動いているようだ。
(ここでメリルを庇うはずのマーロウ様は不在だけどね。いやいや、良い方向に考えれば、マーロウ様は原作みたいに、ここで殺されない。彼の代わりに、私がピンチだけど!)
どうしよう、泣きたい……
良かれと思ってした過去の話のせいで、マーロウたちは王都を出てしまい、何故か自分が危機に瀕している。
けれど、私の口から出るのは、悲観的な思いとは全然違う言葉だった。
「大丈夫ですよ、メリル殿下。きっと、なんとかなりますから」
「ごめんなさい、ブリトニー」
「どうせ、このまま走っても行き止まりです。三階ですので、窓から飛び降りるのも危険ですし」
怖いし死にたくない。でも、このまま無抵抗でいては殺されてしまうかもしれない。
少女漫画の中の、マーロウのように。
(戦わなきゃいけない。二人とも、丸腰だけど……)
田舎令嬢の私はもちろんだが、王女とはいえ平民出身のメリルも、少女漫画の通りなら、敵にとって軽く見ていい相手だ。
貴族の中には、未だメリルを馬鹿にする者たちがいる。
「メリル殿下、なにか武器に使えそうな物は持っておられますか?」
「ないわ。ペンと鍵くらいかしら。ブリトニーは?」
「私も、香水とペンと鍵くらいです……」
「でも、近くに、メイドたちの掃除用具を置いている場所があるわ。箒やモップ、運が良ければ鉄製の道具も置いてあるんじゃないかしら」
「……微妙ですが、とにかく向かいましょう!」
タイミングを合わせた私たちは、刺客に向かってペンを投げつけ、大声を上げながら一斉に走り出した。
(誰かが、この声に気付いてくれたらいいけど……)
メリルは運動神経が良いので、逃げるという点で足手まといにはならない。
余裕があるからだろうか、刺客たちはすぐに私たちを攻撃することはなく、あとを追いかけてくるだけだ。
なんとか目的地に辿り着き、武器になりそうな物を探す。
「メリル殿下は、なるべく戦わないようにしてください。相手はプロかもしれません」
「わ、わかったわ」
箒、モップの柄は木製だ、相手は帯剣しているので武器として心許ない。
迷っていると、メリルが私を呼んだ。
「ブリトニー、これなんてどうかしら?」
「ん……? これは…………!」
そこには、庭仕事用のシャベルと建物修理用のハンマーが置かれていた。
「……いけるかも」
タイミング良く、刺客たちが追いついてきたので、私はメリルにハンマーを渡した。
「少し重いですが、護身用に持っていてください」
「ええ、頑張るわ! いざとなったら、これで相手を叩くわ!」
やる気満々のメリルを後ろに避難させ、私はシャベルを振り上げる。
「どおりゃあああっ!」
ぶんぶんとシャベルを振り回す私。元騎士団長との鍛錬が、活きている!
いきなりの反撃に油断した刺客が、顔面にシャベルの直撃を受けた。
(……ん? なんか、弱くない?)
刺客風だが、戦い慣れていない雰囲気である。
懐に隠し持った刃物で反撃してくるが、最初の攻撃で脳震とうを起こしたのか……足下がフラフラな上に、シャベルの方が長いので武器が私まで届いていない。
(こっちを殺さないように、加減しているのかな。まあいいや、この際、再起不能にしてしまおう)
とりあえず、シャベルの平らな部分で何回か叩いてみると、刺客の一人は床に伸びてしまった。
仲間の失態に焦ったのか、もう一人の刺客が私に襲いかかってくる。今度は、なかなか手強い。
足払いを掛けて、とりあえずシャベルで叩く。しかし、相手もしぶとい。
苦戦していると、不意にメリルが叫んだ。
「ブリトニー! 危ない! 刺客はもう一人いるわ!」
「え……!?」
なんと、廊下の向こうから新手が走ってきていた!
(二対一はキツイよ! これは……最悪、身を挺してメリルを庇わなきゃ!)
焦っていると、不意に後ろからメリルが「えーい!」と、大きな声を上げ、ブンと風を切る音がした。見ると、彼女は持っていたハンマーを新手に向かって投げつけている……
まっすぐに飛んだハンマーは、見事刺客の額に直撃し、相手は仰向けに倒れて気を失った。
ナイスコントロールだ。
「メ、メリル殿下!?」
「石投げは得意なの! お城に来る前は、よく近所の子供と川で遊んでいたのよ」
ハンマーと石では、だいぶ勝手が違うと思うのだが……とにかく、敵の動きを止められて助かった。
殺されず、誘拐されるだけだったとしても、マーロウたちの足手まといになってしまう。
「ブリトニーが戦っているんだもの! 私だって、後ろで怯えているわけにはいかないわ! 一緒に鍛錬をこなしてきたのだし!」
今回は、メリルの積極性が、良い方向に作用した。
だが、あと一人残っているし、また別の刺客が来るかもしれない。
「あなたたち、何が目的なの?」
私の後ろで、メリルが刺客に呼びかける。しかし、案の定、相手は何も答えなかった。
それどころか、近くにあったバケツをひっくり返し、中に入っていた掃除用具をこちらに向かって倒してきた。私たちが怯んだ隙に攻撃してくる。
「お、おりゃあ!」
シャベルでそれらを防いでいる間に、刺客はメリルに向かって突進する。
どうやら、彼女を盾にして私の動きを封じる作戦みたいだ。
「メリル殿下!」
「きゃあっ! 嫌ーっ!」
絶体絶命と思われたそのとき、メリルが投げたはずのハンマーが、反対側から飛んできて……刺客の後頭部にゴンと当たった。
「……っ!?」
驚いて振り返ると、そこには息を切らしたエミーリャとアンジェラが立っている。
ハンマーは、エミーリャが投げたようだ。
アンジェラも、落ちていたジョウロやちりとりを敵に投げつけていたが、それらは距離が足りない上、見当違いな方向へ飛んでいた……












