142:悪徳貴族の企み(リカルド視点)
王太子たちと一緒に王都から旅立った俺――リカルドは、予定通り目的地へと足を踏み入れた。
王都の東にある、件の大貴族が治める領地は、気候や豊かな土地に恵まれたこともあって、アスタール伯爵領並に栄えた場所だ。
季節は冬だが、まだ本格的な寒さは来ていない。
(早めに、今回の事件を解決したいものだが……)
予想通りというべきか、領地へ足を踏み入れてすぐに、俺たちは、向こうで雇っている私兵や傭兵に行く手を阻まれた。相手が力尽くで襲いかかってきたので、こちらもそれなりに対応する。
邪魔されつつも、ここの領主の屋敷へと順調に足を進めた。
「そういえば、マーロウ殿下。城を出るとき、ブリトニーと何を話していたんですか?」
すぐ近くでマーロウに馬を並べたリュゼが、微笑みながら彼に問いかけている。
(それ、俺も気になってたやつだ……)
さりげなく、俺も近くに馬を寄せた。
今回の移動は大所帯だが、王太子と親しいリュゼや俺は彼の近くに配置されている。
「ああ、あれか」
少し口ごもったマーロウは、気まずそうな表情でリュゼをチラチラと見ている。
「……ああ、なるほど」
それだけで、リュゼは彼の言いたいことを理解したみたいだ。俺には全くわからない。
スッと視線を鋭くしたリュゼから黒いオーラを感じた俺は、思わず少し馬を離した。
リュゼがこういった顔をするときは、危険な気がする。最近までの俺は、彼の今みたいな一面を知らなかったのだ。
あくまでリュゼは、俺の理想や目標であり、超えなければならない完璧で大きな壁だった。
(常に気を張っている超人よりも、多少人間らしい方が俺は安心するけどな……)
そして、そんな風にリュゼを変えたのは、おそらくブリトニーなのだろう。
だからこそ、彼は従妹を領地に残して、彼女と婚約することを望んでいる。
「僕は言いましたよね? 従妹を王都へ遣るつもりはないと。今は一時的に派遣しているだけです」
「うむ、だが……」
「マーロウ殿下、ご自分でもわかっておられますよね? その選択は、王太子の婚約という面で最善ではありません。国内の大貴族の娘か、他国の王女と婚約された方が国のためにもなります」
リュゼの言葉を聞いた俺は、耳を疑った。
(え……? マーロウ殿下も、ブリトニーを……?)
指摘された王太子は、悔しげな表情で目線をリュゼから逸らせる。本当のようだ……
マーロウまでブリトニーとの婚約を望んでいるのなら……俺と彼女の状況は、さらに厳しくなっているということである。
そして、リュゼは自分の感情を、彼に伝えてはいないみたいだ。
(……まあ、今は言いづらいよな)
それにしても、ブリトニーは、無意識に異性を陥落させて歩いているらしい。危険だ……
複雑な感情を押し殺しながら、俺は馬を進ませていたのだが、目標の屋敷が近づいたところで、一行は揃って停止した。
大貴族の屋敷の周囲が、今までよりも格段に物々しい空気に包まれていたからである。
敵の軍勢を迎え撃つがごとく並べられた私兵たちが、大貴族の屋敷の前で武器を構えている。
「……あまり、大事にしたくないのだが。とりあえず、話をしてみるか」
王太子のマーロウが、すごく嫌そうな顔で言った。引き連れてきている兵は、彼の護衛に必要な精鋭たちだが、表立って武力衝突という事態はギリギリまで避けたい。
大貴族が王族の命を狙い、大々的に争っているなんて、国として聞こえの良いものではないからだ。
王太子は、話し合いに応じるよう相手の使者に声を掛けたが、梨の礫だったらしく……大貴族本人は、顔も出さず屋敷の中にいる。とてつもなく不敬なことだ。
「仕方がないな。リュゼ、リカルド……私はここを動けない。だから……」
「はい、お任せ下さい」
リュゼと俺は、その大貴族を引っ張り出す役目を与えられた。数人の兵士を付けられ、屋敷の中へと向かう。
(ここからが本番だ。気を抜けないな……)
敵に案内されて大貴族の部屋まで来ると、でっぷりとした体を椅子に沈めた当主が、嫌そうに俺たちを出迎えた。彼の体は、ブリトニーの比ではない太りようで、椅子から立ち上がることすら大変そうだ。
てらてらと油で顔を光らせ、長いひげをたくわえた相手は、尚も俺やリュゼに早く帰れと告げる。
「こんなところで、ぼんやり私の返答を待っている場合ですかな?」
ニヤニヤと、何故か余裕の表情を浮かべる大貴族。脂肪に覆われた小さい目が、三日月の形に細まる。
「こうなることは織り込み済みでしてな。既に城の方へ部下を潜入させておるのですよ。今ここで引いて下さるのなら、私は何も致しません。ですが、このまま私を捕らえるというのでしたら、容赦はしませんぞ。北の伯爵の可愛い従妹殿や王女殿下たちには、少々痛い目を見て貰いましょう」
「従妹たちに何をする気ですか……?」
「城の中には、まだ私の味方がいるのですよ。その味方には、既に指示を出してある……」
リュゼは冷たい笑みを浮かべていたが、内心動揺しているだろう。
それを見た大貴族は、ひげをいじりながら、ますます目を細めて嗤う。
「あんな非力で何もできない令嬢たちなど、どうとでもなるのですよ。あなた方は、城を出るべきではなかった。王女殿下はともかく、北の伯爵の従妹殿は……あの体型では逃げるのも一苦労でしょうなあ」
大貴族の物言いに「お前が言うな」と腹が立つ。
気付いたときには、俺は思わず口を開いていた。
「あいつを見くびらない方がいい。侮っていると、痛い目を見るのはあなたの方になるぞ」
ブリトニーは、自分にできることを精一杯やって、何度も危機を乗り越えてきた。
そして、城を出る前には、体型も多少細くなっていたのだ!
「おやおや。アスタール家のご子息は、その令嬢に思い入れがあるみたいですな。ふふ、蓼食う虫も……と言いますし」
「好きに言っていろ。あいつは努力して、俺と一緒に今まで成長してきたんだ。そんな簡単にやられる奴じゃない」
心配していないと言えば嘘になるし、今すぐ相手の要求を飲んで帰りたい気持ちも本物だ。
(だが、言うことを聞いても、奴らがブリトニーたちに危害を加えないという保証はない……事態は悪化するだけで、更なる被害も起こる)
今は、遠くにいるブリトニーを信じることしかできない。
内心穏やかではないリュゼも、大貴族相手に引かず、当初の目的を遂行することを決めたようだった。












