138:新たな危機とおんぶでダッシュ
ノーラとルーカスが部屋を出て行き、部屋には私とリカルドだけが残されていた。
「ブリトニー。できることなら、このまま二人きりでいたいが、そうはいかないよな。いつまでも、婚約前の令嬢の部屋に俺がいるわけには……でも……」
葛藤しているように見えるリカルドは、優しく私の腕を取り、そのまま軽く抱きしめてきた。
「リュゼの奴が羨ましい。堂々とブリトニーの部屋に入れて、問題なく婚約者になれるアイツに、どうしようもなく嫉妬してしまう」
「リカルド、そんな……ふっ?」
気付いたときには、私は再びリカルドに唇を奪われていた。
いつもより余裕のない彼の仕草に、ドキドキと胸が甘く痺れるような感覚にとらわれる。
やんわりと私を捕らえ、数回口づけを落としたリカルドは、自分を律するようにブンブンと頭を振って体を離す。
「お、送っていくよ、リカルド」
「ん……出口まででいい」
長椅子から立ち上がると、リカルドは私に優しい笑みを向けた。さらに胸の鼓動が大きくなったのが、自分でもわかってしまう。
ギュウと私を抱きしめた彼は、名残惜しそうに部屋の扉に手をかける。
「またな、ブリトニー」
「ええ、また……」
部屋の外に出たリカルドを見送っていると、彼の進行方向から複数の悲鳴が聞こえてきた。
思わず、二人で顔を見合わせる。悲鳴の主は、知っている声だった。
(ノーラと、メリル……? なんで一緒にいるのかわからないけど、切羽詰まっている声だ……!)
彼女たちに何かあったら大変だと、私は慌てて声のする方へ走る。
いや、走れないので、松葉杖で精一杯歩く……
「リカルド、すぐ近くから、ノーラたちの声が……!」
「ああ、俺も行く!」
残念なことに、近くに兵士や使用人はいないようだ。ルーカスがいてくれれば心強かったのだが、既に帰ってしまった模様。
声のする方へ向かっていると、こちらに走ってくるノーラとメリルがいた。
「た、助けて、ブリトニー! わ、私たち、見ちゃいけないものを見ちゃったみたい! しかも、それを見つかっちゃったみたい! 武装した知らない男の人が、なりふり構わず追いかけてきてる!」
「ええっ、どういうこと!? と、とにかく、私の部屋に!」
二人を避難させようとした私を、リカルドが遮る。
「駄目だ、ブリトニーが危険にさらされるかもしれない! それに、相手が貴族令嬢の部屋にも遠慮なしに乗り込んでくる奴だったらどうするんだ? 俺一人でなんとかなればいいが、誰かに知らせた方がいい」
「じゃ、じゃあ、どうすれば!?」
「ここからすぐに東の庭がある。その向こうは……」
「兵士たちの訓練場!」
訓練場には、かつて世話になったマッチョな小隊のメンバーが揃っている。
「そうだ、そこまで走る……ブリトニーは歩けないから、お、俺が運ぶ!」
「そんな、無茶な。リカルドには重すぎるよ!」
「無茶じゃない。リュゼだって、お前を抱きかかえていたじゃないか。ノーラとメリル殿下は、とにかく走れ」
リカルドの声に、ノーラとメリルが力強く頷いて走り出す。
廊下の向こうから複数の足音が聞こえてきたのに気付いたノーラが、悲壮な表情になった。
「追いつかれたわ! リカルド様たちも、早く!」
「ああ……」
素早く屈んだリカルドは、私に背中へ乗るよう指示を出す。
「早く負ぶされ、ブリトニー」
私は意を決して、リカルドの背中に乗りかかった。
「うぐっ、こ、腰が……!」
「ひゃぁ〜! や、やっぱり、私は降りた方が……」
「問題ない! 全速力で走るから、ちゃんと掴まっておけよ!」
重い私を背負ったままのリカルドが、シュババババとダッシュで廊下を駆け抜ける。
(リカルド、予想外に速い……!)
先に「助けてー!」と叫びながら走っていたノーラやメリルと合流し、兵士たちの訓練場を目指した。その間も、追っ手の足音は聞こえ続けている。
「こっちが近道よ! この細い道を抜ければ、東の庭をショートカットして、一気に訓練場へ出られるわ!」
城内に詳しいノーラやメリルは、要領よく道を進む。リカルドも、彼女たちの後に続いた。
「よし! ブリトニー、ここさえ抜ければ……」
「グフォウッ!!」
人一人がギリギリ通り抜けられるような細い道を抜ける途中、非常事態が起こった。
太い私の体が、見事通路の間に挟まってしまったのだ……!












