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転生先が少女漫画の白豚令嬢だった  作者: 桜あげは 
16歳

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138/259

137:第二王女と王宮の客間(ノーラ視点)

(あーびっくりした。一瞬、ルーカス殿下に殺されるかと思ったわ)


 私、ノーラは、ビクビクしながら友人の部屋を後にした。

 北の第五王子ルーカス殿下は美形だけれど、何を考えているのかわかりづらい。

 しばらくは、接触を控えた方が良さそうだ。


(まあ、私が怒らなくても、誰か他の令嬢が動いていそうだけど)


 この国の第二王女メリルは、多方面で小さな恨みを買い続けている。

 黙っていればただの美少女なのに、口を開けば周囲を苛立たせることばかり言うのだ。


(ただでさえ、私は美少女なんて大嫌いだというのに……!)


 美しい人間は、私のコンプレックスを刺激して浮き彫りにする。

 ずっと小さな頃から、私は自分の容姿に自信がなかった。

 ヒョロヒョロと伸び続ける可愛くない背丈、そばかすが増え続ける可愛くない皮膚、小さなつり目に小ぶりな鼻と口にボサボサのくせ毛!

 可愛くない、可愛くない、可愛くない! こんな私、大嫌い!!


 大体、生まれたときから私は失望されているのだ。跡取りの男子ではないと。

 弟が生まれたおかげで、そこはなんとかなったが、そのぶん私の存在価値はさらに薄れた。

 ……子供の頃から私はいらない存在だったのだ。負債だ、負債。

 北の辺境の貴族で、貧乏で不細工で……そんな令嬢を一体誰が娶ってくれるというのだろう。

 良い条件の相手は、私なんて相手にしない。わかりきったことだ。


(回ってくる縁談は、老人の後妻や普通の結婚に問題ある相手ばかりに違いないわ。夢なんて持たない)


 私は物心が付いたときから、そんなことばかり考えており、幼い頃に出た茶会などでも、貴族の奥方やその娘たちに同じことを言われ続けている。それとはわからないよう遠回しに、「お前には価値がない」と……

 すっかり自信を喪失した私は、領地にこもって灰色の日々を送っていた。


 私を少し変えてくれたのは、友人ブリトニーとの出会いだ。

 卑屈で自分に自信がなくて、最低限の意思表示すらできない私を、彼女は友人として迎え入れてくれたし、様々な情報を与えてくれた。おかげで、服の選び方も化粧の仕方も学んだのだ。

 彼女は、うちの家とハークス伯爵家の共同事業なんかも提案してくれ、おかげで領地の泥や使い道のなかった鉱石が売れた。

 だから、私はブリトニーが好きである。


 でも、彼女に出会って私の自信が戻ったかというと、それは全くの別問題だ。自己肯定感なんて私にはない。希望を持っても努力しても、私は美人になれないのだ。

 今まで誰も私自身を肯定なんてしてくれなかったのに、どうして自分を肯定できるのだろう。

 ブリトニーは優しいが、それは私自身の自己肯定感とは別問題なのである。


 そこを、的確に抉ってきたのが、この中央の国の第二王女メリルだった。

 前々から私の領地の経営に文句を言ってきたり、世間知らずな意見を善意で押しつけてきたり困った相手だとは思っていたのだが、自身の内面を指摘されたときに堪忍袋の緒が切れてしまった。


(あんたにだけは言われたくないわよ! 放っておいて!)


 見た目は絶世の美少女、挫折を味わったことのないまっすぐな中身。頭も良いらしく、異性にもモテる。


(そんな完璧な女、大大大嫌い!)


 私と同じことを思っている令嬢は少なくない。世間の観賞対象である貴族令嬢なんて、所詮そんな生き物なのだ。

 いくら政略で結婚相手が決められていたって、自分より明らかに可愛い女の出現が面白いわけがない。相手が完璧であればあるほど鬱陶しいものだ。

 自分の格下加減が露呈するのが嫌で惨めで仕方がない。


(けれど、メリルに注意するのは、もう控えた方が良さそうね。ルーカス殿下に睨まれたくないし。っていうか、あの人が婚約者を完璧に見張って教育してくれたら、こんなことにはならないのよ! 言えないけど!!)


 ルーカスという王子は、内心の読めない不思議な人物だ。

 彼は、私のリュゼ様への思いを知っているのだろうか。ちょっと怖い……

 部屋付近でブリトニーたちを待っていた間、ルーカス殿下とはこんな会話をしていた。


『少し前まで、北の伯爵は無理をして体調を壊しておられましたから。もし戦に出向くことがあれば、途中で倒れてしまうのではないかと心配だったのです。北の国との争いから、無事にお戻りになって何よりです』


 彼は、国内の貴族である私なんかより、よほどこの国の情報に精通している。

 私は、リュゼ様の体調のことなんて知らなかったのだ。


『南の国への旅、本当は僕も同行したかったです。同じく留守番組のアンジェラ殿下も、ずっとソワソワしておられましたしね。態度は素っ気ないですが、婚約者が気になって仕方がないのでしょう。でも少し意外です、アンジェラ殿下とエミーリャ殿下が、あそこまで仲が良いなんて……』


 ルーカス殿下の言葉に、私は思わず首を縦に振ってしまった。

 アンジェラ様は大好きだし尊敬する相手だけれど、美しさでいうと妹のメリルより劣る。

 私は、二人の王子がメリルを取り合う形になるのではと思っていたのだ。

 ところが、蓋を開けてみれば、エミーリャ殿下はアンジェラ様のことをたいそう気に入り、アンジェラ様は素直じゃない言葉を吐きつつも彼を受け入れている様子。

 喜ばしいことなのに、胸がざわざわした。


(アンジェラ殿下には、エミーリャ殿下がいる。ブリトニーにはリカルド様がいる……自分を肯定し、愛してくれる相手が)


 でも、私はどうだろう。ブリトニーのように化粧映えする顔でもない。アンジェラ様みたいに洗練された行動はできない。頭も良くないし、性格もゆがんでいる。


(最低だ、私……)


 そんな私に、さらにルーカス殿下の声が追い打ちをかける。


『そうそう、王宮内で面白い噂話を聞いたのですが。マーロウ様がブリトニー嬢に婚約を打診しているとか。それを北の伯爵が阻止しているらしいのですけれど、彼はブリトニー嬢を自分の元に残すつもりなのでしょうかねえ? 確かに、あそこの領地の場合、従兄妹同士の結婚もありといえばありですが』


 頭を殴られたような衝撃が走った。


(リュゼ様が、ブリトニーと結婚? まさか……そんなことって)


 それは、政略的なものなのだろうか。

 あの二人は一緒に協力して領地を良くしてきたし、ここ数年のハークス伯爵領の発展はめざましい。


(ブリトニーが余所に出て行くより、自領に残した方がいいという判断もわかるけど)


 私と違って、彼女は周囲に必要とされているのだ。


(……大丈夫、大丈夫よ。私だって、婚約できたんだから)


 縁談の相手は、国の南に領地を持つ侯爵家の息子だ。結構年上で、余裕のある穏やかな男性。

 けれど、私を見初めてくれたわけではない。興味を持ってくれたわけでもない。

 ただ、うちの領地の産物に興味を持ち、有利に取引したいがために結ばれた縁談だ。


(うちの家には女が私しかいないから、だから嫁に出されるだけ)


 冷たくされることはないし、私の相手のヴィルレイ様は良い人だと思う。

 でも、彼が私に接する態度は、私の求めているものではない。

 私は、誰かに愛されたいのだ。誰でもいい、心から私を肯定して愛して欲しい。

 北の国の王子は、そんな私を見て漆黒の瞳を瞬かせる。


『すみません。僕、なんか変なこと言っちゃったみたいで』

『い、いいえ? なんでもないです!』


 なんてやりとりがあったわけだが……


(はあ……)


 ブリトニーたちの元から帰るとき、思わずため息が出てしまった。


(私、何をやっているんだろう)


 友人たちの前では、見栄を張ってヴィルレイ様との婚約のことを前向きに話したが、本心は不安だらけだ。彼と婚約して結婚しても、しばらくは王都にいられそうだが……それでも上手くやっていける自信はない。

 そんなことを考えて廊下の角を曲がったときだった。私の目に、変な光景が飛び込んできたのは。


(あ、あれ……? メリル殿下、あんなところで何をやっているんだろう?)


 城の廊下の隅で、目を真っ赤に腫らしたメリルが、とある部屋の中を覗き込んでいる。

 そこは客室で、城に通う貴族たちが自由に使える場所だった。


(えっ!? 何しているのかしら、この子? 泣きながらデバガメ?)


 私に気付いた彼女は、落ち着かない様子でこちらをじっと見つめてくる。


「ノーラ様、どうしましょう?」

「へっ?」

「私、悪い人たちの取引現場を見てしまったわ……」


 すがるような第二王女の視線を受け、私は厄介な事態に巻き込まれたことを認識せざるを得なかった。


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