136:友人の決意と北の王子
リカルドに部屋まで送ってもらっていると、ノーラとルーカスに遭遇した。珍しい組み合わせだ。
「ブリトニー、あなたを探していたのよ、どこへ行っていたの?」
癖のある髪を可愛らしい花の髪留めでとめているノーラは、小さな目を輝かせて私を呼ぶ。
「庭でリカルドと話をしていて。ノーラはルーカス様と一緒だったの?」
「いいえ、さっき偶然お会いしたのよ」
北の国の第五王子ルーカスは、さらさらの短い銀髪に黒い目を持つ美青年だ。誰にでもフレンドリーな彼は、他の人間に自分に気安く接して欲しいと告げる変わり者でもある。
そんなルーカスは、リカルドと特に仲良しで、メリルの許嫁でもあり、とっても面食いな王子様だった。少し前に北の国がミラルドと手を組んでハークス伯爵領に攻め入ったことで、彼は人質のような立場になっている。
「そうなんだ。それで、ここに……?」
「ええ。たぶん、ブリトニーとリカルド様は一緒だと思って。ルーカス殿下とリカルド様は仲良しだから、ここにいれば会えるかなって」
無邪気に笑うノーラと、意味深な笑みを浮かべるルーカス。
(言いたいことがあるのなら、言ってくれれば良いのに)
ルーカスを見ていると、彼は少し肩をすくめて笑った。
「僕は、二人の仲を応援していますよ? 初対面の時からね?」
彼の言葉を聞いたリカルドが、ビクリと肩を揺らす。わかりやすい反応だった。
ルーカスやノーラは、私とリカルドの仲になんとなく気付いている数少ない相手だ。
メリルのこともあるし、ルーカスとしては、リカルドに別の相手とくっついて欲しいという考えがあるのかもしれない。
「ブリトニー嬢が、リカルドと一緒になって王宮の近くに住んでくれたら、毎日こうして集まれるから楽しいですよね。僕とリカルドが堂々と会ったら、『また、何か企んでいるのか』と心ない噂をする者も出てくるでしょうが、ブリトニー嬢やノーラ嬢が一緒でしたら緩和するでしょうし」
「……ルーカス。暇なのはわかるが、こっちだって色々あるんだ」
リカルドが悩ましいため息を吐き、私は彼らを部屋に招き入れる。外で立ち話をするには、内容がよろしくない気がしたのだ。
いつものメンバー……リカルドやノーラはともかく、ルーカスは王子様だけれど。
ルーカスだし、まあ一緒に招いてもいいかと思った。
(……少女漫画では、私の処刑に貢献する人物だけど。私もアンジェラも悪いことはしていないし、一年後に殺されることはないよね)
突発的な事件には気を付けなければならないが、アンジェラはかなり前から更生しているので、彼女に関わる事件はほぼ起きないはずだ。
部屋へ案内すると、全員が慣れた様子で長椅子に腰掛ける。ルーカスは、順応力が高すぎである。
「そういえば、ノーラ嬢。ご婚約おめでとうございます」
唐突なルーカスの言葉に、ノーラは少し頬を染めている。
「ありがとうございます、ルーカス殿下」
「殿下なんて堅苦しいですよ、せっかく仲良くなれたのに。普通に呼んでください」
「ルーカス、様?」
「本当は呼び捨ててくださっても良いんですけどね」
呼び方に満足したのか、彼は話を続ける。
「それで、レディエ侯爵家のご子息とは上手くいっているのです?」
「まあ、私たちのことを詳しくご存じで? 彼とは度々会ってはいるのですが。まだそこまで進展はないですわよ……?」
ノーラは微妙な表情を浮かべた。リュゼからノーラの婚約相手であるヴィルレイの話は聞いているが、割と恋愛面に淡泊な印象だ。
きっと、ノーラには物足りないだろうと思っている。
「まあ、まだ嫁いだわけではありませんからね。これからでしょう」
微笑むルーカスを見てノーラは、そうだと言わんばかりに頷いた。
「ええ。今は、互いにそこまで想い合っていなくても、一緒にいるうちに、そういう感情が芽生えるかもしれない。私は、そう思いたいのです」
ノーラは心からの言葉を口にしていると思う。そして、彼女の言っていることは、私の胸にも響いた。
(仮に、婚約することになったら……私とリュゼお兄様も、そういう風になるのかな)
一緒にいるうちに、家族の情とは別に恋愛感情が芽生えるものなのだろうか。
少し考えてみるけれど、よくわからない。
(それに、私にはリカルドがいる)
長椅子で隣の席になったリカルドを見つめつつ、私は彼の力になりたいと望んだ。
そんな私を見たルーカスが、ため息を吐きつつ口を開いた。
「リカルド、僕はあなたが羨ましいです。一途に想ってくれる相手がいて」
「う、お、俺!?」
「ええ、そうです。僕の婚約者は、そっけなくてね」
いきなり自分に話が飛び、リカルドはわずかに動揺していた。
だが、私は彼以上にドキドキしている。
(メリルは、リカルドが好きと言っていたし……ルーカスからすれば面白くないよね。リカルド本人は、何も気付いていなさそうだけれど)
ルーカスが気付いていなければ良いけれど、メリルの行動は割とあからさまだ。
事情を知っているノーラも少しソワソワしているが、今のルーカスの態度からは何も読み取れない。
だがこのまま黙っているのもマズイと思い、私は口を開いた。
「……ルーカス様、先ほど東の庭でメリル様を見かけましたよ。お供も付けずに一人で出歩かれているようで、少し心配です」
メリルが他の令嬢から攻撃されるのは、彼女が身一つでウロウロしているからだ。
行く先々で令嬢たちを苛立たせ、単独で動く彼女は、格好の獲物なのである。
「うーん、僕も注意しているんですけどね。彼女、基本的に人の話を聞きませんから」
「えっと……あ、あの、危険がないかだけ、見ておいてあげて欲しいのです。正義感の強い方ですから。私も気を配るようにしておきますので」
「そうですね、ブリトニー嬢。今は王宮の中がゴタゴタしていますし、マーロウ様も苦労なさっている様子。婚約者に危険が及ばないよう、僕も様子を見ておきましょう。ここの貴族の中には、彼女に敵対的な者も多いですからねえ」
一瞬、ノーラの顔色が青ざめた。
「さて、僕はそろそろ行きます。リカルド、また今度ゆっくり話しましょう。ブリトニー嬢との婚約の件、僕は心から応援していますからね。色々と障害が多いでしょうけれど、できることなら僕はあなたの力になりたいと思っているんです」
意味深な笑みを浮かべたルーカスは、そのまま扉の外に出て行った。












