135:異性を籠絡する痴女疑惑について
ノーラのお見合いから数日後、私は城の東の庭でリカルドと会っていた。
松葉杖がしんどいので、今は東屋の中にある椅子に腰掛けている。
秋の気配が漂う夏の終わりの時期は、異世界でも少し寂しい。
オレンジ掛かった髪を正面から掻き上げたリカルドは、天を仰いで小さくため息を吐いた。
「リュゼから婚約の話は聞いた。正直、今の俺には厳しい条件だと思っている」
「半年で、何か手柄を上げろだなんて……リカルドじゃなくても厳しいと思うよ。私に手伝えることがあればいつでも言って。全力で動くから!」
「ああ、助かる。俺は最後までブリトニーのことを諦めたくない。やれることは全てやるつもりだ」
「う、うん。私も頑張るよ」
決意も新たに、私は松葉杖でスッと立ち上がる。そうして一歩を踏み出したのだが……
「グ、グファ!?」
勢いをつけすぎて体のバランスを崩してしまった。
「ブリトニー、危ない!!」
私を庇おうと身を乗り出したリカルドに、思い切りぶつかってしまう。
体重と転倒の勢いに圧倒されたリカルドは、私を支えたままの姿勢で後方に転倒した。
「……グフォッ!?」
そうして、今現在の私は、下敷きになったリカルドに覆い被さる体勢になっている。
しかも、体勢が悪かったようで、彼の唇に思い切りキスしてしまっていた。
(この図は、まるで美青年を襲っている痴女のようでは……!?)
ショックを受けつつリカルドの上から飛び退こうとしたのだが、いかんせん、骨折中の足に力が入らない。バランスを崩した私は、リカルドの隣にごろんと転がってしまった。
「ブリトニー……」
横から声をかけられて振り向くと、リカルドが緑色の瞳で切なそうにこちらを見つめている。
「リカルド、ごめん。その……押し倒しちゃって」
「俺から飛び出したんだ、謝るな。それに、ブリトニーに押し倒されるのは嫌じゃない」
「え……?」
モジモジしながら上体を起こすリカルドだが、そのうち耐えきれないとでもいうように、彼の手がこちらに伸ばされた。
そうして、私の頭を抱えリカルドが再び口づけてくる。私を抱きしめたまま彼は、小さく声を絞り出した。
「お前になら襲われてもいいし、むしろ嬉しいと思う」
「そ、そうなの?」
「べ、別にいやらしい意味ではないからなっ! 気にするなと言いたかっただけだ」
「う、うん……?」
照れ隠しだろう、リカルドの緑色の瞳は空中を泳いでいる。
「立てるか?」
「大丈夫、ありがとう。よいしょっ」
むくりと頭を起こした私に、リカルドが手を貸してくれようとしたところで、不意に二人以外の他人の気配がした。
「ん……?」
リカルドと同時にそちらを見ると、東屋の外にメリルが立ってこちらを凝視している。
(なんで、彼女がこんな場所にいるの?)
普段は東の庭で見ないので、今日現れたのは偶然だろう。
そうして運悪く、私が転倒したところを見られてしまったようだ。
「え、なんで? あ、どうして……わ、私……」
もともと大きな薔薇色の目をこぼれ落ちんばかりに見開き、メリルはショックを受けた様子で立ちすくんでいた。
(メリルはリカルドが好きだから、この体勢を見て衝撃を受けているのかも……!!)
何か言おうと急いで立ち上がりかけた私だが、リカルドに「無理をするな」と言われ抱き止められる。彼の手を借りて今度こそ立ち上がった私は、松葉杖を使ってメリルの方へ向かった。
「メリル殿下……!」
話しかけようとした私を、メリルが遮る。その場にしゃがみ込んだ彼女は、大げさに目を覆った。
「い、いいの! ごめんなさい。私、ちょっと衝撃が大きくて。まさか、二人がそんな関係に発展していたとは知らなくて」
「いや、これは……」
「大丈夫、これは対等な勝負だもの。でも、まさか、ブリトニーが体を使ってリカルドを籠絡するなんて思わなかったけれど」
その言葉は、少しの批難を含んでいるように思えた。
「あの、それなんですが、誤解ですけど?」
しかし、メリルは私の言葉なんて聞いちゃいなかった。一人で勝手に妄想を始めている。
「リカルドも、そんな方法に左右される人だったなんて」
第二王女には、少々どころではなく思い込みが激しい部分がある。
早く誤解を解かなければならない、なによりもリカルドの名誉のために!
メリルの誤解を訂正しようと身を乗り出す私を、後ろから歩いてきたリカルドが止めた。
彼は私を庇うようにメリルの前に立つ。
「メリル殿下。ブリトニーは、あなたの言うような令嬢ではありません。ふしだらな女の対極にいる奴です。彼女を「体を使って異性を籠絡する女」だと貶めることはやめていただきたい。ブリトニーは転んでしまっただけで、その後の行為は全て俺のしたことです。批難するなら俺だけに……」
私は思わずリカルドを振り返って抗議した。
「リカルドのせいじゃないでしょう?」
「いや、違う。動いたのは俺からで……」
「違うってば、最初に転んでやらかしたのは私で……」
しばらく言い合っているうちに、メリルも落ち着いてきたようだ。
「わ、わかったわ。今回のことは誰にも言わないし、あなたたちのことをこれ以上どうこう言うことはしません」
そう言い残し、彼女はヨロヨロと東の庭を去って行く。
儚げなメリルの背中は、それ以上の言葉を拒んでいる風に見えた。












