134:白豚令嬢、悩む
首の音のすさまじさに恐縮していると、リュゼが私に話しかけた。
「……ブリトニー、疲れているの?」
「いいえ、体が鈍っているだけかと。それにしても、お兄様……私が力になったとはいかに?」
そう言うと、リュゼは珍しくやさぐれた表情になる。めったに見られない貴重な顔だ。
「君が記憶を取り戻したとき、僕は精神的にかなり追い詰められていたんだよ。王都での学生生活を終えて帰ってきてみれば、ハークス家は借金だらけ。領地経営も適当というか杜撰、お祖父様は詐欺に遭った直後で両親と君は散財し放題、メイドの質は最低。なのに、誰も状況を改善しようと動かない、興味さえ持たない」
「それは……」
かなり酷い状況だろう。私なら、王都に逃げ戻っているに違いない。
そんなハークス伯爵領を、未成年が一人で背負っていたのだ。異常な状況である。
「精神的にも体力的にも僕は追い詰められていて、そんな中で君が前世の知識を使い石鹸を発明した。それで、まずハークス家の金銭面と僕の精神面が救われたんだ。あと、僕が体力的に限界で倒れたら、君が半ば無理矢理看病してくれたよね? 僕には、そういう相手がいなかったから」
「目の前で倒れられたら、そりゃあ看病しますって。お兄様ときたら、それでも脱走して仕事をしに行こうとするんですから」
「うん。あのままだと体を壊して、僕はこうして今ここにいなかったかもね」
「それは……」
少女漫画の中で、おそらくリュゼは今生きていない。
北の国が攻めてきたときに体が限界を迎え、彼は亡くなってしまうのだ。詳しく書かれていないけれど、作品中のセリフで察することができた。
「だからね、ブリトニー」
ベンチに座っていた私は、リュゼにふわりと抱き上げられて彼の膝の間に収まる。
「僕は君がとても大事だし、本心から愛おしいと思っているよ」
本当に大事なものに触れるように、リュゼは汗にまみれた脂肪の塊である私を抱きしめた。
ここまで言われてしまえば、彼の気持ちに納得せざるを得ない。
従兄は私を家族としてじゃなく、異性として好いているのだと。
「お兄様、私……」
「というわけで、半年後までに気持ちの整理をつけておいて」
静かな声で、リュゼは私にそう告げる。
(……私、リュゼお兄様と結婚してしまうの?)
このままだと、きっと近い未来そうなるだろう。
太陽の位置が移動したのか、座っているベンチに日が差してきた。
それを見たリュゼが、そっと私を抱きしめていた腕の力を緩める。
「そろそろ移動しようか」
「はい」
松葉杖で立ち上がろうとする私を支えてくれるリュゼ。
彼のそういう優しいところは好きだけれど、結婚する相手とはやはり少し違う気がする。
そんな気持ちが拭えない。
(いずれにせよ、期限は決まってしまった……)
前回は私自身のダイエットやリカルドのおかげで、なんとかリュゼの提案をクリアできた。
しかし、今回は難易度が違う上に期限が半年。私一人の努力ではどうにもならないものだ。
(大きな手柄なんて、そうそう立てられるものじゃないし)
人生で一度でもそれができたなら、万々歳ではないだろうか。
(うわぁ〜! どうしよう、どどどうしよう!!)
動揺しながらリュゼと歩いていると、お見合いを終えたノーラとヴィルレイが庭に出てきた。
ヴィルレイは紳士的に完璧なエスコートをしており、ノーラはおしとやかそうな動作で歩いている。パッと見た感じでは、二人が上手くいっているのかいっていないのかわからない。
「リュゼ、一通りの話が終わったから呼びに来た。この暑い時間帯に外にいたのか?」
友人の言葉に、リュゼはいつもの笑みを浮かべる。
「ありがとう。庭の花が満開で綺麗だったから、ブリトニーと散歩していたんだ」
ノーラは、何かを言いたそうな目で私を見ている。
そこに他の貴族との話を終えたイレイナ夫人が、にんまりとした笑みを浮かべてやってきた。
「まあまあまあ。こうして見るとノーラ様たちは二人とも背が高くてお似合いねえ」
それからは夫人の一人劇場となり、彼女はひたすら喋り続けていた。
私やリュゼは彼女に圧倒され、ノーラやヴィルレイも何も言えずにいる。
(……このまま、二人は縁談を進める流れでいいのかな? 後でノーラと話をしてみよう)
そんなこんなで、ノーラのお見合いは無事に終わったのだった。












