133:怪力従兄の鬼畜な二択
そんなこんなで二日が過ぎ、ノーラのお見合いの日がやってきた。
色々な問題が積み重なっているが、できることから解決していこうと思う。
(少女漫画で危険な目に遭う全ての人のため。そして、ブリトニーの平和と安全のために……!)
しかし、私の体型は相変わらず太いままだった。
(フウッ! 松葉杖だから、移動が辛い。早く休める場所に行きたいな)
待ち合わせ場所へ行くと、着飾ったノーラが私を出迎えてくれる。
この日の会場は、王都にあるサロンの一つ。ここは、王都に住む貴族たちが交流の場として利用している場所だ。
淡い緑色のドレスを着た今日のノーラは、とてつもなく気合いが入っていた。
「お見合い相手のお名前は、レディエ侯爵家のヴィルレイ様よ。私より七歳年上で、穏やかな性格の方と聞いているわ。本当は、リュゼ様と婚約したいけど、現実的に難しいことくらいわかってる。もう年も年だし、悠長なことを言っていられないわ。ここで売れ残ると、格段に結婚が難しくなってしまうもの!」
「わかった。ノーラがそう言うなら、私も応援するよ。素敵な人だと良いね」
レディエ侯爵家は王都の南方にあり、ノーラの住む北東の田舎からは離れている。
彼らは、最近羽振りの良いノーラの領地に興味を持っているようだ。南の土地では鉱石などが採れないので、色々とつながりを持ちたいのだと考えられる。
条件だけ聞けば、格上貴族からの良い縁談話だ。
「問題はヴィルレイ様とやらの見た目や性格だけれど、私はこの人を知らないんだよね」
ノーラの隣で待機していると、今回のお見合いを開いた人物――世話好きと有名なイレイナ侯爵夫人が現れた。彼女は、エレフィス侯爵令嬢の母親だそうな。
エレフィスはアンジェラの友人の一人で、以前お茶会で喋ったので知っている。
ふくよかな体のイレイナ夫人は、見た目が娘とそっくりだった。
「あらまあ、あなたがブリトニー様ね? 初めまして、エレフィスの母です」
「初めまして」
「ブリトニー様。よかったら、あなたのお見合いもお世話しましょうか?」
「い、いいえ……そのあたりは従兄に任せておりますので」
「ああ、北の伯爵ね。彼、とてもハンサムですわよねえ、あんなに素敵な従兄がいらっしゃって、うらやましいですわ。私も、ついドキドキしてしまいました」
……リュゼは、年上のご婦人の心も、しっかりと射止めていた。
しばらくすると、目当ての男性が現れる。彼がレディエ侯爵家のヴィルレイだろう。
濃い茶色の髪に灰色の瞳。顔は薄めだけれど悪くはなく、とても長身でスタイルが良い。
彼の隣には、ノーラにとっての私のように付き添いの男性がいた。その人物を見て、私は思わず声を上げる。
「え? リュゼお兄様!! どうしてここに!?」
あろうことか、相手の付き添いはリュゼだった!
イレイナ夫人が、やけに知っている様子で彼のことを話していたわけだ。
「ヴィルレイ様は、学生時代の僕の先輩なんだ。不安だから付いてきて欲しいと言われてね。あと、僕もイレイナ夫人に見合を勧められていて……参加しない代わりに、今回、彼の見合いを手伝うということで、納得していただいたんだよ。ブリトニーも、ノーラ嬢に付き添うという話を聞いていたし。なら、僕もそうしようと思って……」
「そうだったんですか」
確かに、リュゼが一緒だと心強い面もある。
(でも、今はちょっと困ります! お兄様の鈍感!)
今回に限って言えば、リュゼの存在自体が非常によろしくない。
なんといっても、ノーラはリュゼに好意を持っているのだ。そんな人物が、見合い相手の付添人だなんて最悪である。
(ど、どうしよう!)
ノーラの視線は、ヴィルレイとリュゼの間を行ったり来たりしている。複雑な心境だろう。
「あの、ノ、ノーラ?」
「え、あ、ブリトニー? だ、大丈夫よ。頑張るわ」
ノーラとヴィルレイは一通りの挨拶を終えた後、イレイナ夫人の取り計らいで、二人で会話する流れとなった。私としても、その方がいいと思う。
(リュゼお兄様もいないし)
この世界――中央の国の貴族の慣習では、よほど相手に問題がない限り、このまま婚約する運びとなる。
お見合いという形をとっているが、釣書を見て会ってみようと行動した時点で、結婚したい意思があると見なされることが多い。
私とリュゼは、お邪魔にならないように二人で部屋を出た。サロンの中庭を一緒に散歩する。
イレイナ夫人は、偶然サロンに来ていた他の貴族の奥方と話し込んでいた。
「お兄様、急に現れたからびっくりしましたよ。事前に教えてくだされば良かったのに」
「急な話だったから、言いそびれてしまったんだ。どうせ現地で会えばわかるし、別にいいかなと思って。それより、ブリトニー。地味に松葉杖が辛そうだね、向こうのベンチへ行こう」
「……う、はい」
さすが家族と言うべきか、リュゼはわたしのことをよく把握している。
苦労して歩く私を軽々と支えながら、彼は優雅にベンチまで移動した。
「ありがとうございます、助かりました」
「松葉杖は大変そうだね。なんなら、車椅子を借りてきてあげようか?」
「だ、ダメです! そんなことをしたら、痩せるものも痩せません!」
この世界の木製車椅子は、自分で車輪を動かすタイプではなく、他人が押して移動させる物なのだ。
しかも、現代日本のようにバリアフリーな社会ではないので、車椅子で移動できる場所は限られている。
「ところで、お兄様。ヴィルレイ様って、どんな方なんですか? 少し見た感じだと、穏やかで良い人そうですよね」
「うん、そんな感じだよ。静かな場所が好きで博識、女性に興味はなさそうなんだけど、結婚相手は大切にするんじゃないかな?」
「……女性に興味がないって、もしや?」
「男性に興味があるという意味じゃないよ? 異性より仕事に関心があるタイプと言えばいいのかな。でも、結婚すれば変わるかもしれないし、優しい方だから」
「うーん」
ノーラはどちらかというと、男性から構ってもらいたいタイプのような気がする。
アンジェラもそうだが、彼女たちは乙女心というか、そういう願望が強いのだ。
そして、私にも、同じ部分はあるかもしれない。
せっかく結婚した相手が自分に興味がないというのは……かなり悲しい。
「それはさておき、ブリトニー? 僕との婚約の話は、ちゃんと考えてくれているのかな?」
「グフウッ!」
「ブリトニーが南の国から帰ってきた途端、君との縁談話を取り下げる貴族が大量発生したから、そういう意味では焦ってはいないんだけど……僕への縁談話が多くて断るのが面倒なんだよね」
「ああ、私がまた太ったから……お兄様も大変ですね」
「他人事? 君が僕との婚約に頷いてくれれば、全部解決するんだけどな?」
にっこり笑う従兄の表情がどこか不穏だ。危険な雰囲気である。
「でも、お兄様は考える時間を私にくださいましたよね? ね?」
私の答えにリュゼは少々不満そうな顔をした。普段は見せない素の表情だ。
「……ブリトニー、この間、マーロウ殿下に求婚されたでしょう」
「な、なぜそれを!」
「彼が、僕に相談してきたんだよ。『どうすれば、ブリトニーは振り向いてくれるだろうか』ってね」
「よりにもよって、相談相手がリュゼお兄様だなんて……」
「仕方がないよ。僕も『ブリトニーと婚約したい』ということは、殿下に伝えていないから。でも、面白くはないな」
そう言った直後、リュゼはくるりと私の体を自分の方に向けた。間近に従兄の整った顔が迫り、私は動揺を隠せない。
「お、おおおおおお兄様!?」
「ねえ、ブリトニー? まだ、リカルドのことは諦められないかな?」
落ち着いた声音で、リュゼは私に問いかける。
私は、フンフンと太い首を縦に振った。
それを見て青い目を細めた従兄は、少し考えるそぶりを見せた後で口を開く。
「なら、また僕と賭けをしようか?」
「えっ? 賭けですか?」
「賭けというより、条件付きで譲歩してあげると言った方がいいかな……」
私の頭を撫でながら、リュゼは間近で囁いた。
「ブリトニー、僕のことは嫌いじゃないよね?」
「当たり前です。お兄様は私にとって実の兄のような存在で、大切な家族なのです。だからこそ、婚約するとなると、違和感があるのですが……」
私の言葉が微妙だったのか、彼は困ったようにため息を吐いた。
「期限は一年。その間に、リカルドが大きな手柄を立てれば、僕は彼と君との婚約を許可する。でも、一年経ってもリカルドが今のままなら、ブリトニーは僕と結婚する」
「……!」
「この条件でどう?」
「せめて、十年!」
「無茶を言うね。そんなに待っていたら……僕、三十路を越えてしまうんだけど」
従兄から無言の威圧を感じた私は、ダラダラと汗を流した。ただでさえ暑い時期なので、既にたくさんの汗をかいているが。
(リュゼと一緒になっても、いずれは彼のことを好きになるかもしれないな)
今は家族として彼を見ているので違和感があるだけで、夫婦になれば別の感情が芽生える可能性もある。
時に意地悪だが、彼はいつも私を支えてくれていた。
「期限は来年の春まで。それ以上は伸ばせない」
「短くなってる!? 一年じゃないですよね、それ半年ですよね?」
しかし、リュゼは私のツッコミを無視して話を進めた。
「マーロウ殿下からの打診を断るには、それなりの理由がいるんだよ。というわけで、リカルドにも、僕から条件を伝えるね」
「私、まだ承諾していませんけど……ひゃうっ!?」
反論していると、リュゼが私の額にそっと口づけた。間近で彼の青い瞳と目が合う。
「選択の余地をあげているでしょう? 今すぐ僕と婚約するか、半年後に婚約するか」
「は、半年って認めましたね!? ……じゃなくて、それは選択肢ではなく、タダの一択では!? そもそも、お兄様はモテモテなのに、どうして私なんぞと婚約したいのですか? 前に『好ましい』なんて言われていましたが、私はどうしてそんなことになっているのか理解できないんです!」
おそらく顔面がトマトのように真っ赤であろう私は、長年の疑問を彼にぶつける。
リュゼは、キョトンとした顔で私を見た。
「……どうしてと言われても。強いて言えば、君のそういうところかな」
「へっ?」
「僕に対してズケズケと言いたいことを言ってくる女の子は、ブリトニーくらいなんだよ」
「それは、お兄様が意地悪ばかりしてくるからです。私だって、誰にでもこんな風に話すわけではありません!」
「うん、僕も本音を出せるのは君の前くらいだから、それも理由かな。でも一番は、僕が本当に苦しかったときに、君だけが傍で力になってくれたからだよ」
「……あの、お兄様。身に覚えがないんですけど」
リュゼと向かい合ったまま、私はゴテンと首を横に傾げる。
運動不足がたたっているのか、ゴキゴキッと令嬢にあるまじきものすごい音が鳴った……












