131:拗らせ令嬢の暴走
少女漫画にありがちな、同性によるいじめの場面である。
無視をする、聞こえよがしに悪口を言う、根も葉もない噂を流す。そういったことから始まり、少女漫画の中でメリルは様々なイジメを受けるのだ。
「メリル殿下、調子に乗るのも程々になさいませ」
「そうですわよ。私の婚約者に色目を使って……こんな王族の方は、前代未聞ですわ」
「まあまあ、仕方がないですわよ。彼女の母親は卑しいメイドなのですから」
「あらあらぁ、そうでしたわ。メイドの分際で国王陛下に手を出す豪胆な方でしたわねえ。うふふ、やっぱり血は争えないのかしら?」
「親子揃って、相手のいる男性を奪うのがお得意のようね? 嫌だわぁ?」
扇を手にしてクスクス笑っている令嬢たちは、総勢十人ほどだ。対するメリルは一人きりである。
近くには、私以外誰もいないようで、メリルは孤立無援の状況だった。
「あなた、婚約者という存在がありながら、リュゼ様やリカルド様にも手を出しておられるそうじゃないですか。一体、何を考えているのです?」
そう言って、一人の令嬢がずずいと前に出る。彼女の姿を見て、私はあんぐりと口を開けた。
(えっ……ノーラ!? 何やってんのー!?)
なんだか令嬢軍団のボスみたいな立ち位置で、ノーラはメリルに難癖を付けている。
対するメリルはというと、まっすぐな眼差しで令嬢軍団を見据えている。いかにも健気なヒロインといった姿だ。
(今度は何をやらかしたんだろう)
前々から、ノーラはメリルに対して怒りを募らせていたが、このような直接的な行動に出ることはなかった。彼女の忍耐力が決壊した理由があると思う。
すぐに出て行くべきか、様子を窺うべきか迷っていると、令嬢たちが更に言葉を続けた。
「だいたい、無神経ですわよ! お見合いに失敗したノーラ様に対して、『もっと自分に自信を持って』だなんて酷いことをよく言えましたわね」
「私、励ましたかっただけで、悪口のつもりじゃ……」
「あなたみたいな人にだけは、そういう言葉を言われたくありませんわ! メリル殿下に、私たちの何がわかるというの? ノーラ様だけじゃないわ、私だって婚約者にメリル様と比較されて傷つけられましたわ。ここにいる、他のご令嬢だって……」
「そう言われても、私は何もしていないわ!」
メリルの反論を聞いて、令嬢軍団は更に勢いづいた。
「騎士団に手作りの差し入れを持って行ったそうですわね? 男性陣は大喜びだったとか」
「官僚たちにも同様の差し入れがあったとか」
「一部の残念な貴族の間では、マーロウ様を差し置いてメリル様を女王に……だなんて、阿呆らしいお話も出ているとか」
「身の程をわきまえてはいかが?」
令嬢たちの言葉に、メリルの顔色が悪くなっていく。
「そんな、私はただ、皆と仲良くしたかっただけなのよ。城の中でお世話になることが多いから、お礼にと思って差し入れをしただけで」
「他に婚約者のいる男性と仲良くするですって? 聞きました、メリル殿下は噂通り節操なしですわねぇ!」
庭中に、オホホと令嬢たちの高笑いが響いた。
私は、とりあえず場を鎮めるために動く。
(メリルに味方するわけじゃないけど。少女漫画通り、ノーラが王女イジメに走ってしまうのは避けたいな)
下町育ちで感覚がずれていても、メリルはれっきとした第二王女。後でノーラ自身が困ることになるかもしれない。
「ノーラ、ここにいたの!」
なるべく自然な様子を装って、私は彼女に声をかける。
「城にいると聞いて、会いに来たんだけど……」
私を見つけたノーラは、先ほどの険悪な表情から一転し、薄くそばかすの散った顔に微笑みを浮かべた。
「ブリトニー! 松葉杖でここまで歩いてきたの? 呼んでくれれば部屋まで行ったのに!」
「ぐふふ、ちょっと運動がしたくて」
私の乱入によって場がしらけてしまったのか、令嬢たちはそれぞれ散っていった。
マーロウやアンジェラと特に仲の良い私の前で、彼らの妹であるメリルを攻撃するのは良くないと考えたのかもしれない。
(……アンジェラは、意外とメリルを攻撃しないからね)
イライラすることも多いようだが、文句を言いつつ耐え忍んでいる。
マーロウはもちろんのこと、婚約者であるエミーリャの存在も大きい。エミーリャのわかりやすい好意に、アンジェラは戸惑いつつも救われているのだと思う。
そのままの自分を受け入れてくれる存在ができたから。
エミーリャがいることによって余裕が生まれ、冷静に考えることが可能になったのだろう。
(変なところで恥ずかしがり屋だから、エミーリャ殿下につれない態度ばかりとっているけど……)
元々、アンジェラは頭に血が上っていなければ、冷静で賢い王女様だし、友人に対する優しさも持ち合わせている。
少女漫画では、行き場のない感情を持て余して悪事に手を染めてしまったけれど、普通にしていれば優秀なのだ。マーロウが目立ってしまっているせいで、そこまで評価されていないだけで。
庭からノーラを連れ出した私は、そのまま自室へと向かう。
「ブリトニー、大丈夫? ものすごく息切れしているけど」
「大丈夫だよ、ノーラ。これも運動だから」
苦労して階段を上り、私はようやく自室へたどり着いた。












