129:白豚に松葉杖は厳しかった
城に戻った私は、しばらくの間松葉杖生活を送る羽目になった。
(うぐぐ、体が重いし脇が痛い。この松葉杖、壊れないよね?)
そんなことを考えながら、せめて少しでも痩せようと城内を歩き回る。
ひぃひぃ言いながら階段を上った私は、廊下の途中で力尽きた。
「グフウーッ、もう無理……」
自分の体重を支えきれなくなり、壁に背を預けてぐったりと沈み込む。
幸い周囲に人はおらず、この醜態は見られていない……と思ったら。
「おや? ブリトニーじゃないか」
すぐ近くから、ものすごく聞き覚えのある声がした。顔を上げると、美しい金髪の王子様……私を太らせた元凶が目の前に立っている。
「マーロウ様……こんにちは」
「ブリトニー、こんなところに座り込んでどうしたのだ?」
「グフフ、休憩中です。お構いなく」
放っておいてくれると非常にありがたいのだが、人の好い王太子は私の隣に並んで座りだした。
「……いいんですか、マーロウ様が地べたに座り込むなんて」
「誰も見ていないんだから構わない。ブリトニーは片足が使えなくて大変そうだな。私が支えてやろうか?」
「いや、やめといた方がいいですよ? 今の私、六十キロ以上ありますし。マーロウ様、あまり体を鍛えている方じゃないでしょう?」
「うむ、そうだが……なら、ブリトニーが落ち着くまで、ここで見守ることにしよう。今日の仕事は、あらかた終えたからな。そうだ、何か食べるか?」
「……いいえ! 本当にお構いなく!!」
今まで歩いた成果を無に帰す訳にはいかない。私は丁重に食べ物をお断りした。
「ところで、マーロウ様は、どうしてこんなに人通りの少ない場所を歩いておられたのですか?」
「うーん、あれだ。大臣から逃げていた」
「え? 逃げて……?」
「そろそろ私も適齢期だからな、周囲が結婚しろとうるさいのだ」
「リュゼお兄様と一緒ですねえ……男の人は大変だ」
「何を言っている。ブリトニーだってそうだろう? この国で十六歳前後は女性の適齢期だ。現にアンジェラもメリルも婚約している」
マーロウの言うとおりだった。私は今、そっち方面で絶賛悩み中なのだ。
リュゼと婚約する話も出ているが、まだ承諾できないでいる。猶予はもらっているものの、いつまでも引き延ばすわけにはいかない。
「大臣から逃げているということは、マーロウ様は結婚がしたくないのですか?」
「したくないというわけでは……ただ、もう少し猶予が欲しいだけで。本当は、逃げてはいけないと理解しているのだが」
私と同じようなことで悩むなんて……優秀な王子様の意外な一面を見た気がした。
「そうなんですね。まあ、感情はどうにもなりませんものね」
「もし、ブリトニーと婚約できるのなら、喜んで大臣のもとに出向くのだが」
「またまた、そんな冗談を」
「……いや、冗談ではないのだが」
マーロウはなぜか眉尻を下げつつ、菫色の瞳で私を見つめた。
「私の趣味に難色を示さず、喜んで色々提案をしてくれるのはブリトニーだけだった。それに、君の今の体型は素晴らしいと思う」
「……え、それはあんまり嬉しくないです。私は痩せたいので」
ついつい、本音が口をついて出てしまう。
すると、マーロウは心外だとばかりに肩をすくめてみせた。
「今の外見も素晴らしいと思うのだがな。それと、私だって、太っている女性なら誰でもいいというわけではないぞ。ブリトニーだから太らせたいんだ!」
「え、いや、その。それは非常に困るのですが」
私はモゴモゴと彼の情熱を削ぐべく言い訳する。
「しかも、私は田舎の伯爵家の令嬢にすぎません。マーロウ様は王太子なので身分が釣り合わないかと」
「ああ、そうだな。だが、できることなら私はブリトニーを王太子妃にしたい。気心が知れているし、何より共にいて楽しいのだ」
とはいえ、マーロウはそこまで本気でもなさそうだ。彼なら私の処遇など、命令一つでどうとでもしてしまえる。
(王太子妃になれば一生痩せられる気がしないな)
にもかかわらず、国民の目に晒される機会が増えてしまう……
(それって、かなりの苦行だ……)
色々な意味で、マーロウとの婚約は無理だろう。そう思った私だった。
「ところで、マーロウ様。少しお疲れではありませんか? なんだか、いつもより元気がないように思いますが」
「ああ……ブリトニーに見抜かれるとは、不甲斐ない。城内で少々揉め事があってな」
「そうなんですか。南の国から帰って早々に、大変ですね」
「国内に新たな街道を通す件なのだが、なかなか上手くいかず私もリュゼも手を焼いている」
「お兄様も?」
「リュゼにはさほど関係のない話だが、少々手伝ってもらっているのだ」
私は、リュゼがまた倒れないか心配になった。あの従兄は、何かと無理をしてしまうきらいがある。
それとは別に、新たに心配事も浮上した。
(あれ、街道を通す話って、『メリルと王宮の扉』に出ていたような?)
少女漫画の詳細を記した日記は手元にないが、私は記憶をたぐり寄せて漫画の話を思い返した。
たしか、メリルの知らないところで陰謀が動き出していたはずだ。
とある貴族が自分の領地に街道を通したいがために、様々な悪事を実行する……そんな内容だったと思う。
(街道についての話し合いで、王から事業を任されたマーロウ様は、その貴族の案を却下したんだよね。現実的に、街道がすごく遠回りになってしまうからなんだけど)
だが、その貴族は実用的な街道よりも己の見栄と利益だけを優先するタイプで……既に決まった街道の進路を変更させようと強引な手段に出た。
彼は、マーロウに反発していたアンジェラへ露骨に近づくのだ。そして、アンジェラがここぞとばかりに悪役ぶりを発揮する。ブリトニーも手下として多少暗躍していたはずだ。
だが、街道問題で揉めている最中に悲劇が起こる。
悪い貴族の手下にメリルが襲われ、それを庇ったマーロウが殺害されてしまうのである。
問題の事件が起こる時期は、刻一刻と近づいていた。












