128:膝抱っこを阻止せよ
養蜂の村に戻った私は、きちんと足の手当てをしてもらった。
やはり、痛かった足は骨折していたようだ。全治一ヶ月……
この村の養蜂技術など気になるものはあったが、予定が押しているので見学していられない。
(機会があれば、エミーリャ殿下に聞いてみよう)
必要最低限の情報を入手しただけで、私たちは村を後にした。
帰りの馬車は、リュゼとリカルドと私の三人乗りだ。マリアたちは別の馬車に乗っている。
マーロウやメリル、エミーリャは、スケジュールの関係で先に村を出発していた。それは納得できることなのだが……
婚約のこともあり、リュゼとリカルドと私の三人で一つの馬車というのは少し気まずくもある。
が、私以外の二人は、意外と普通に見えた。しかも……
「……お兄様、この体勢は危険です。足を壊しますよ?」
私は今、なぜかリュゼの膝の上に抱かれて座っているのである!
足を怪我しているので安定が悪い、というのがリュゼの言い分だが、この体勢の方が落ち着かない。
しっかり支えられているものの、なにかの拍子にリュゼの膝がプレスされるのではとヒヤヒヤしてしまう。
骨折者をこれ以上増やしてはいけない。
「リュゼ、早くブリトニーを解放してやれ」
困っていると、リカルドが助け船を出してくれた。
「大丈夫、僕の膝はそんなに柔じゃない。それに、この馬車の大きさだと……どうしても僕とリカルドが隣に並んで、ブリトニーが一人で二席占拠する形になってしまうよ? 足を骨折しているのにそれは心配だから、こうして支えているんだけど」
それが一番効率が良いだろうとでも言うように、肩をすくめるリュゼ。
確かに、太った私の尻と隣り合わせになれば狭そうだ。
(……って、おかしいから! リュゼお兄様が言うと一見まともそうに聞こえるけど、明らかに理屈が変だから! 一人で普通に座れるし!)
しかも、おかしな理論を展開するのは、リュゼだけではなかった。
向かいに座っていたリカルドまで身を乗り出す。
「それなら、今度は俺が支える! リュゼ一人だと大変だろう?」
さっきはリュゼの膝抱きを注意していたのに、リカルドまで同じようなことを言い出してしまった。
「リカルドはブリトニーの捜索と保護で疲れたでしょう? 馬車の中では、ゆっくり休むといいよ」
「いや、リュゼこそ。捜索隊の手配や帰還の準備に追われていたはずだ。今くらい休め、ブリトニーは俺が見ているから」
二人は相手を思いやり、重い荷物=私を引き受けようとしている。
「あの、私は一人で大丈夫ですよ? 馬車の座席から転がり落ちたりしませんって」
「……ブリトニー、それ、本気で言っているの?」
「そうだぞ。お前、崖から転がり落ちたばかりだろう」
なぜか、こんな時だけ意気投合する二人。
これでは、私の方が変なことを言っているみたいだ。
「いや、でも……お疲れでしょう? 本当に私は平気ですから、少しでも寝てください!」
「……ブリトニーを膝に乗せていると、安心して眠れる気がするよ」
「お、俺もだ!」
「だから二人とも駄目ですってば! 馬車の重心が傾きますし、二人の膝が……」
「馬車のことなら大丈夫だよ。それに、何度も言うけど僕の膝も平気」
「お、俺だって普段から鍛えているんだ! 簡単に痛めたりしない!」
もはや、どちらかの膝に乗るのは決定事項のようだ。
(……泣ける)
せめて二人の骨を破壊しないよう、私は交互に彼らの膝に座るという提案しかできなかった。
(絶対に痩せよう)
こんな風にハラハラするのはもう嫌だ。
私はしっかりとダイエットを誓ったのだった。
※
少し時間がかかったが、一週間と数日で私たちは中央の国の王都へ到着した。
足を骨折している私は、早速城の自室へ運ばれる。
リュゼに支えられてベッドに座ると、扉からメリルが飛び出してきた。
「ブリトニー! 良かった、無事に戻ってきてくれて!」
根が素直な彼女は、大きな目に涙を浮かべて私の手を取る。
「ごめんなさい、ブリトニー。私がいつまでもあの場所を動かなかったから……」
「こちらこそ、すみません。転がり落ちるつもりはなかったんです。私のせいで、ご迷惑をかけてしまい……」
「いいえ、いいえ。冷静になれば、私がいけなかったのだとわかるわ。自分の行動がどんなことを巻き起こすか知っていたはずなのに、あのときの私は感情のまま動いてしまったの」
突飛な行動をとりがちではあるが、メリルは決して性悪の馬鹿ではない。
少女漫画と同じように日々成長しているし、今回のように反省もできる。
今までの私は無意識のうちに、どこかでメリルを苦手だと感じていた。
少女漫画でブリトニーの敵だということもあるし、普段の言動やリカルドに対する態度も原因だ。
でも……彼女の中身は本当にまっすぐで、今も自らの行いを反省している。
(もしかすると、メリルと仲良くなれる日が来るかもしれない……)
なんとなく、そんなことを思った。












