121:帰り道と危険な兆候
あれから数日間、私はセルーニャと様々な話をした。
元の世界での知識を活かす方向や、お互いの新製品の取引などなど。
翌日以降は、マーロウやリュゼも交えての話し合いになった。
王太子の補佐として、リカルドもしっかり仕事をしている。
エミーリャは、キラキラした瞳で大好きな兄王子を眺めており、メリルはといえば、いつもの仰天発言で周囲を困惑させてマーロウにたしなめられていた。
あと、南の国の料理は、セルーニャが関わっているだけあって絶品だった!
懐かしい和食も出てきて泣きそうだ。
(この再現度! さすがです、セルーニャ殿下!)
他のメンバーは、不思議そうに異国の料理を味わっていた。
ハークス伯爵領も、負けてはいられない。
時折、リュゼやリカルドが何か言いたそうに私を見てくるのだが……
(どうしたのかな?)
言いたいことがあるのなら、はっきり言って欲しい。
しかし、私が目を向けると、彼らはそっと視線を逸らすのだった。
そんなこんなで充実した時間は過ぎ――とうとう南の国を発つ日がやってきた。
灰色の雲に覆われた空を見上げ、リュゼが難しい顔になっている。
「マーロウ殿下、天気が崩れそうですね。予定を変更しますか? 来る途中、崖に面した道もありましたし……」
「しかし、いつまでも他国に居座るわけにはいかない。日程を変えれば、南の国側に余計な仕事を増やしてしまう。帰ってからしなければならない仕事も、かなり溜まっているだろう」
困り顔の彼らに向かって、セルーニャが言った。
「急ぐのであれば……少し遠回りになりますが、安全な迂回路がありますぞ。エミーリャ、そちらの道へ案内して差し上げなさい」
「了解、兄上。その道なら何度も通ったことがあるよ」
輝く笑顔で返事したエミーリャは、さっそくマーロウやリュゼに移動の計画を相談し始める。
ふと、リカルドと目が合った。なんとなく近づいて、彼に話しかける。
「リカルド、困ったことになったね。崖の近くだと、地盤が緩んで土砂崩れが起きる危険もあるし」
「そうだな。来る途中で一つ山を越えたが、確かに険しい道もあった。でも、迂回路を使えば大丈夫だろう……問題は、どのくらい時間が掛かるかだが」
王太子や王女が同行しているのだ。あまり予定にない場所を移動し過ぎるのはよろしくない。
通常なら、下見をした上で決められた道を通るのだ。
セルーニャたちの話に耳を傾けると、やはり迂回路を使うことになりそうだった。
(エミーリャ殿下も使い慣れている道みたいだし、安全だとは思うけど)
しばらく二人で様子を見守っていると、思いつめた表情のリカルドが私に視線を移した。
「なあ、ブリトニー」
「どうしたの?」
「その……」
物言いたげなリカルドが、口を開いた瞬間――
「リカルド! 迂回路の道なりに、養蜂で有名な村があるんですって! セルーニャ殿下がお料理のためによく立ち寄られるそうよ! ブリトニーも気になるでしょう!?」
乱入したメリルによって、会話がぶった切られる。
私への質問を取り下げたリカルドは、何事もなかったかのように微笑んだ。
「さっき、何を言いかけたの? リカルド?」
「なんでもない。また、今度話す」
急ぎの用件ではないらしい。
私たちは、そのままメリルを交えて蜂蜜の話題に花を咲かせた。
※
結局、セルーニャの案が採用され、迂回路を通って中央の国の王都へ戻ることが決まる。
もたもたしている間に雨に降られたら大変なので、素早い判断が下された。
途中までの道のりは、来た時と同じ。
山に入って少し進むと分岐点があり、そこを右に曲がると迂回できるみたいだ。ちなみに、左だと行きに通った崖沿いの近道に出る。
セルーニャ御用達の養蜂村から少し先の街で一泊し、そのまま元の道に合流する流れとなった。
私は行きと同様、メリルと一緒に馬車に乗り込む。彼女とは、だいぶ打ち解けてきた。
ガタゴトと馬車に揺られて、なだらかな山道を進む。窓から外を見たが、雨はまだ降らない。
頬を撫でる風の温度が下がり、鳥の群れが低い位置を飛んでいる。
「どうしたの、ブリトニー?」
「かなり雨が近いなと思って。すぐにでも降り出しそうです」
「天気に詳しいのね?」
「田舎育ちなので、天候は結構重要なんです」
とはいえ、メリルは雨の話に興味がなさそうだった。
キョロキョロと窓から頭を出して、山道を楽しんでいる。
「ねえ、ブリトニー。このあたりで美味しい湧き水が取れる場所があるのよ? セルーニャ殿下が教えてくださったの。地元の人も来る水場が……って、あら? あれかしら?」
メリルの視線を追うと、小さな水場があった。
「ここですか?」
「だと思ったんだけど、水が出ていないわね。全然関係のない地面からは湧き出しているのに」
「本当ですね、道の端から……」
言いかけて、私はハッとした。これは、土砂崩れの前兆だ。
同行している王太子の部下に、急ぎ従兄への連絡を頼む。
私やリュゼの住むハークス伯爵領では山道が多い。大雨が降ると土砂被害が出る場所もあるため、その危険性をここにいる誰より知っているのだ。
「もっとペースを上げて、迂回路へ急いだ方がいいですね」
灰色から黒に変わっていく空を見て、私はぎゅっと両手を握りしめる。
(何も起こらなければいいけど、嫌な予感がする)
やがて、そんな私の不安は的中した。












