119:もう一人の転生者と兄弟愛
メリルにライバル宣言された翌日、私たちはエミーリャ王子の兄である南の国の第二王子と面会することになった。
(まさか、こんな体型で会う羽目になるとは)
第二王子の名前は、セルーニャというらしい。年はエミーリャより二つ上の二十歳。
(性格は温厚で、料理好きなんだよね)
そして、私と同じく日本から少女漫画の世界へ転生した人物だ。
彼からは、「直接話したいので、エミーリャと二人で来るように」と連絡があった。
聞くところによると、リュゼやリカルドは、昨日の夜に彼と個別で話をしたらしい。
元は同じ日本人とはいえ、向こうは王子様だ。少し緊張しながら、セルーニャの待機する部屋に入る。
こちらに気づいて立ち上がったセルーニャは、満面の笑みを浮かべていた。
エミーリャと同じ赤毛に飴色の瞳だが、彼の方は髪が短くメガネをかけていて、どことなく控えめで優しげな雰囲気だ。
「あ、あなたは、ブリトニー嬢ですな……?」
まじまじと私を見た彼は、開口一番にそう問いかけてきた。私は、小さな声で彼の言葉を肯定する。
(そうです。漫画の姿そのものの、白豚令嬢ブリトニーです)
マーロウ王太子を少し恨みつつ、私は案内された長椅子にどっしりと腰を下ろした。
クッションが凹みすぎて、隣に座るエミーリャの体が傾いている。
「うーん、俺はこっちに座るよ」
そう言って、彼は一人がけの椅子へと移動した。
(申し訳ないし、情けなさすぎる……)
私が一人がけの椅子へ移動しようかとも思ったのだが、エミーリャが座る椅子は小さめで、巨大な尻が収まる気がしない。
そんなことを思っていると、おもむろにセルーニャが話しかけてきた。
「お会いしたかったですぞ、ブリトニー嬢! 私が、第二王子のセルーニャですぞ」
「こ、こちらこそ。お初にお目にかかります、ブリトニー・ハークスです」
挨拶がわりに握手をするものの、私のつけている手袋が若干汗で湿っているのが気になってしまう。
「しかし、報告では原作と似ても似つかない姿と聞いておりますぞ。これは、どういうことですかな?」
その質問には、エミーリャが答えた。
「ここへ来る途中に、太っちゃったんだよ。マーロウ王太子が菓子攻めにしたから。あの人、ポッチャリしたブリトニーが好きみたいでさ」
「なるほど、そういう趣味趣向の持ち主なのですな」
私は、しょっぱい気持ちで二人の会話を聞いていた。
(それにしても、セルーニャ殿下は変わった喋り方だな)
一昔前のオタクのような喋り方は特徴的で、日本で生きていた頃の懐かしさを少し感じる。
セルーニャを観察しつつ、私は目の前の机に目を移した。
そこには、変わった形の植物が並べられている。
「あの、セルーニャ殿下。これは……」
「これですかな? 待っている間、暇だったので、新しい料理を考案していたのですぞ。南の国で広めたいので、この国に合ったアジアン風を予定しておりますぞ」
そう言って、セルーニャは植物を紹介してくれた。
「これらは、全て南の国で取れる香草ですぞ。こちらはディルといって、魚の臭い消しに使う香草。日本で見かけたことがあるのではないですかな? こちらはコリアンダー、俗にいうパクチーで、解毒作用もありますぞ」
「なるほど、南の国は暖かい地域に生える植物が多いのですね」
「元の世界風にいうと、東南アジアと気候が似ており、料理も東南アジア風のものが受けますぞ」
「あ、ドクダミだ。これは、うちの国にも生えています」
「それは、茹でた肉や魚と一緒にライスペーパーに巻いて食べると美味! ドクダミの持つ殺菌効果で食中毒予防も期待できますぞ!」
料理が大好きだというセルーニャの解説が徐々に熱くなっていく。
私はエミーリャ王子を置いてけぼりにしていることが気になり始めた。
そっと伺うと、彼は気にするなという風に微笑む。
「兄上が嬉しそうだから俺も嬉しいんだ、こちらのことは気にせず好きなだけ喋ってよ。兄上が過去の自分の記憶を話せる相手は、ブリトニーだけだから」
ウキウキとセルーニャを見つめるエミーリャ。
(本当に、お兄さんが大好きみたいだね)
私は微笑ましく思いながら彼らの様子を眺めた。
「そうだ、南の国の薬草に興味はありませんかな? 昨日、マーロウ殿下にもお見せしたものですぞ」
「薬草、ですか……? 興味あります!」
盛り上がる私の横から、エミーリャが口を挟む。
「せっかくだから、分けてもらいなよ。乾燥したものだから、中央の国へ運べると思うよ」
「それはいい考えですな。よければ、ブリトニー嬢の美容品発明に役立ててほしいですぞ! そして、是非優先してうちの国に……!」
話している間に、使用人たちが薬草類を運び入れる。
木製の大きな箱には、数種類の乾燥した薬草が入れられていた。
「この茶色のはシナモン。最近、私が菓子にして広めたのですぞ! こっちは八角で肉料理に合いますぞ!」
「なるほど、なるほど。これは使えそうですね。シナモンには老化防止効果が期待できますし、八角は血行促進効果があります。シナモンの方は、お兄様に相談してワインに混ぜてみるのもアリですね」
そうして、ホットワインとして冬に売り出すのだ。
「八角も石鹸などに使えそうですし、歯磨き粉にも利用できそう」
「なんと! それはいいアイデアですな」
この世界に歯磨き粉なるものは存在する。少々古めかしいが、食塩にミントの葉などを加えたものが一般的だ。
ちなみに、歯ブラシは豚や馬の毛を用いたものが使用されており、楊枝なども普通にある。
(ミントが一般的だけれど、新しい香りも良いかもしれない……)
使用人が、新しい箱を持ってきた。中には数種類の豆類や切ったアロエ、ココナッツまである。
「こちらは持ち帰れませぬが、ここにいる間は好きに使って良いですぞ! 代わりにホットワインができたらぜひ回してくだされ。南の国では雨が多く、ブドウが育ちにくいのですぞ」
「喜んで」
「あ、ホットワインは俺も飲んでみたいな! 完成したら買い取らせてよ!」
「はい、ありがとうございます。いくつかプレゼントします」
こうして私たちは、しばらくワインの話で盛り上がった。
「そうそう、物語の方はどこまで進んでいるのですかな?」
ふと、セルーニャがそんなことを言い出した。
エミーリャもいるのだが、それほど気にしていない様子。
「俺のことはお構いなく。兄のことで、こういうのは慣れているから」
「……そ、そうですか?」
「うん。向こうに送り出されるにあたり、危険だからと色々な前情報をもらっているんだ」
確かに、メリルと関わる中で、エミーリャやルーカスも危険に巻き込まれることがある。
セルーニャは、そのことを弟に告げたのだろう。
(それはそれで、心強いけれど)
少女漫画の行方がますます予測不能になってしまった。
「私の方は、特に危険な状態ではありません。アンジェラ様はマーロウ様と仲が良いですし、メリル殿下に対して攻撃的なこともしておりませんし」
「なら、処刑は回避できそうですな。エミーリャにも、何かあった場合は真実を確認するよう言い含めておりますゆえ、ブリトニー嬢自身が滅多なことをやらかさない限りは、安心して良いですぞ」
一瞬、セルーニャから人の良い笑みが消える。
「ぐ、ぐふふ……そんなことをやらかす予定はありませんので、ご安心ください」
「怯えずとも、エミーリャはアンジェラ様を気に入っているようですからな。今のところ南の国は静観するつもりですぞ」
少女漫画の知識があるセルーニャは、積極的にこちらへ干渉する気はないようだ。
もっとも、彼の愛する弟が事件に巻き込まれれば別だろうが。












