118:まさかのライバル宣言!
中央の国と南の国との国境付近にある境界の街。
海にも面しているこの場所は、交易の拠点として発展していた。
南国特有の明るい日差しや、少々ごちゃごちゃした雰囲気が、なんともいえず気分を高揚させてくれる。
たとえ、大量の菓子で再び体重がリバウンドしてしまっていても。
目的地である境界の街に到着した私たちは、我先にと馬車から降りる。
「よっこらせ。うーん、やっぱり体が重いなあ」
最後に降り立った私に向けて、メリルが太陽のように輝く笑顔を浮かべた。
「大丈夫よぉ、心配するほど太っていないってば! ブリトニーは、そのままでも、すごく可愛いわよ?」
世間一般的に、女子が他人に言う「可愛い〜」は全くあてにならない。
メリルのセリフは、そのレベルだった。
「それに、女の子はちょっぴりふっくらしている方が、可愛いっていうし! 私も、そう思うわ!」
永遠にスリムな体型の美少女には言われたくない。
私は、無言で愛想笑いを浮かべた。
(悪い子でないのは、わかっているんだけどね……ちょっとデリカシーに欠けるだけで)
隣の馬車から降りてきたマーロウ王太子は、ものすごくご機嫌だ。
「ブリトニー! 今日も健康そうで何よりだ!」
「…………ぐふっ」
短期間でのデブ化に、エミーリャは驚きを含んだ目でこちらを見ている。
リュゼは、マーロウに向けて「これ以上ブリトニーに菓子を与えないでください」と釘を刺していた。ヘラヘラ笑っているマーロウを見る限り、全く刺さっていなさそうだが。
リカルドはといえば、変わらず優しく私を気遣ってくれる。
「長旅だったが、大丈夫か?」
「うん、ありがとう。リカルドは大丈夫?」
「俺は頑丈だから、問題ない」
しばらく二人で話していると、リカルドにメリルが走り寄り、道中で見た諸々について質問し始めた。
(……なんで、マーロウ様じゃなくてリカルドに聞くのかな?)
リカルドは、持ち前の誠実さで彼女の質問に丁寧に答えている。
またもや、複雑な気持ちになる私だった。
境界の街での滞在先は、この街を含む一帯を治める領主の持つ屋敷の一つだ。
王太子や王女が同行するということで、歓待ぶりが凄まじい。
今のところ、メリルが暴走することもなく、穏やかな雰囲気で屋敷に入った。
用意された部屋に落ち着くと、私は密かにダイエットを開始する。
太る時は一瞬だが、痩せるためには厳しい努力が必要。それが人間の体というものだ。
○○するだけで簡単に痩せるダイエット……なんてものが本当にあるのなら、人類は全員モデル体型である。ちなみに、この世界に脂肪吸引などという反則技は存在しない。
(ううっ、なんで、私だけすぐデブ化するんだろう……)
デブキャラの宿命なのだろうが、お年頃の令嬢としては辛すぎる。
一通り運動を終えると、なぜかメリルが部屋にやって来た。夜まで予定がないので暇らしい。
「ねえ、ブリトニー、一緒にお話ししましょう!」
「は、はい……」
アンジェラの時もそうだったが、王女様からの直接のお誘いを理由なく断るわけにはいかない。
私は、ぎこちなく頷いた。
「あ、あのね」
メリルは、少しソワソワしながら人形のように長い睫毛を伏せる。
「ブリトニーに、私の友達になって欲しいの。私、女の子の友達がいなくて……」
(……だろうね)
「他の人と違って、あなたは私を変な目で見ないし、馬車の中でも普通に接してくれた」
(まあ、確かに。他の令嬢はメリルを嫌いに嫌っているからね)
メリルを部屋に招き入れると、メイド代表で旅に同行しているマリアがお茶の用意をし始めた。
長椅子へと王女を案内し、自分はその向かい側にどっしりと尻を沈める。
(とはいえ、何を話せばいいのだろう?)
下手なことを言えば、メリルの闘志に火がついて、詐欺化粧の会の二の舞になりかねない。
すると、メリルがウキウキしながら話題を提供してくれた。
「ねえ、ブリトニーは、恋をしたことがある?」
「ブッ……!」
思わず、口に含んだ紅茶を吹き出しそうになる。
唐突に何を言い出すのだ、この王女様は。
「こ、恋ですか……?」
「そうよ。婚約相手が決まった身だけれど、私は恋をしているわ」
「ええっ!?」
突然そんなことを言い出すメリルに驚く私の中で、嫌な予感が首をもたげた。
どうかそのまま押し黙っていて欲しいという願いもむなしく、メリルは笑顔で口を開く。
「私ね、その……この旅で、リカルドのことを好きになってしまったの」
「……!? そう、ですか」
道中から、なんとなくそんな予感はしていた。
メリルがリカルドを気に入っていることは、一目瞭然だったのだ。
けれど、こんな風に口に出されてしまったら、その気持ちを受け入れざるを得ない。
(ルーカスのことは、どうする気だろう?)
私は、メリルの次の言葉を待った。
「ルーカスは私に優しいけれど、なんというか……盲目的な感じなのよね。何を考えているのかわからないし、まだ本当の私のことを理解してくれていない気がする」
「なるほど」
確かに、ルーカスには、そんな部分がある。
はっきり言って、今はメリルの見た目に心酔しているだけだろう。
「では、ルーカス様と、お互いを理解しあったほうがよろしいのでは?」
「あのね、恋って、そんな単純なものじゃないのよ。なんと言えばいいのかしら……とりあえず、本能なの! 理性ではどうにもならないものなのよ」
「……メリル殿下は、その恋を行動に移すおつもりですか?」
「そうしたいけれど、周囲のことを考えると悩みどころよね」
ルーカスとリカルドの友情が心配である。
(でも、これって、私も他人のことをとやかく言えないかも)
メリルの状況を、自分のことに置き換えてみる。
現状、リュゼは私と婚約したがっていて、客観的に見たらそれが一番良い縁談だ。
それでも、私はリカルドのことを諦めきれず、未練たらしく一緒に旅に出たりしている。
(やっぱり、メリルのことを批判できないや)
リュゼといて楽なのは確かだけれど、美形な彼にときめくことはあるけれど……私にとっての彼は家族だ。
大切な従兄だけれど、婚約者という関係になるのは自分の中で違和感がある。
「そうだわ、ブリトニー! この旅で、私の恋を応援してくれないかしら?」
「ええっ?」
私は、まっすぐにメリルを見た。
王女様の提案に従ったほうが良いことはわかっている。
貴族は王族の臣下だし、正面切って第二王女の要求をはねつけるような真似は避けたほうがいいのだ。
けれど、どうしてもそれには同意できないし、同意したくない。
(……メリルとリカルドの仲を取り持つなんて、私にはできないよ)
目の前の美少女を見ながら、恐る恐る口を開く。
「あの、メリル殿下。恐れながら、それはできません」
「どうして? 国が決めた婚約に反するから?」
「それもありますが……私が、嫌だからです」
「どういうこと?」
「わ、私も、彼が好きなので、メリル殿下の恋のお手伝いはできないんです……!」
真っ赤な顔で宣言する私を、メリルがまじまじと見つめた。
「まあっ! まあ、まあっ!」
長い睫毛に縁取られたバラ色の瞳が大きく開かれる。
「あらあら、そうだったの! ごめんなさいね、ブリトニー!」
もう少し上手いやりようがあったとは思うが、リカルドが絡むと私は冷静ではいられなくなってしまう。
(思わず、正直に事実を告げてしまったけれど……大丈夫かな)
メリルは「まあ、まあ、まあ!」を連発し、かなり興奮している。
しばらくして落ち着くと、彼女は白い手袋に包まれた細い手を伸ばし、私の太ましい両手を包み込んだ。
「あなたの気持ちは、わかったわ。これからは、私達はライバルね! お互いに正々堂々と頑張りましょう!」
「……は、はあ」
一方的に恋のライバル宣言をされ、私は戸惑った。
(メリルが恋のライバルだなんて、負ける気しかしないよ!)
美人のメリルなら、他にもっと相手がいるだろうに、どうして彼なのだろう。
(そりゃあ、リカルドは優しいし、すごく素敵だけれど)
誠実なリカルドが簡単に私を裏切るとは思わないけれど、相手は美少女主人公だ。
しかも、王族である。
ほんの少しだけ、不安を感じた。












