116:旅は道連れというけれど
エミーリャの提案を受け、私とリカルドは一緒に同行したいと彼に告げる。
「へえ、リカルドも来たいの? もちろん、歓迎だ」
南の国の第三王子は、ニヤニヤしながら私を見て言った。私たちの関係を面白がっているようだ。
すると、近くで話を聞いていたメリルが割り込んで来る。
「ねえ、何の話をしているの? 私にも聞かせて?」
「もちろんさ、メリル王女」
エミーリャが、私たちに提案した内容をメリルに説明し始めた。もちろん、こちらの恋愛事情は伏せてくれている。
「……というわけで、二人を南の国へ招待しようと思って」
広い世界を見てくればいいというのは、南の国へ行くことを指していたらしい。
具体的な話はしていなかったので、詳しい内容は今聞いた。
(そういえば、エミーリャ王子は、前からやけに南の国を推していたよね。商品のやりとりに活かせそうだし、リュゼお兄様に頼めば許可をくれるかも)
そう思っていると、メリルがはしゃぎながらエミーリャに駆け寄り彼の両手を取った。
「私も行きたいわ!」
「えっ……?」
これには、さすがのエミーリャも驚いたらしい。苦笑しながらルーカスに目配せする。
「そうだねえ。君のお父上の許可をもらわないことには、なんとも……」
「任せて! きっと、説得してみせるわ!」
キラキラと薔薇色の瞳を輝かせたメリルは、明るく自信満々にそう言い切ってみせた。
(……メリルも来るの?)
婚約者候補のメリルが行くということで、ルーカスがわかりやすくそわそわし始めた。
しかし、人質の身である彼は、今はまだ簡単に遠出できないだろう。心配そうにメリルを見つめている。
エミーリャの言い出した南の国への旅へ同行するメンバーは、当初より増えそうだ。
(アンジェラは、来ないだろうな。マーロウ王太子は、来たがりそうだけれど……)
マーロウは、異国のハーブに大変興味を持っていた。
(あとは、リュゼお兄様だな。うう、許可を取りに行かなきゃ)
少し憂鬱だが、彼に無断で出かけることはできない。リュゼは、私の保護者だ。
この保守的な国では、女子は保護者に逆らって勝手に行動しにくいのである。
メリルは、リカルドと一緒に出かけられることを単純に喜んでいた。「嬉しい、もっと話を聞かせてね?」などと言いつつ、またリカルドの腕を触っている。
(またなの……!?)
私は、気が気でない。そして、ルーカスとリカルドの友情がクラッシュしないかも心配である。
(よし、今後のためにも頑張って許可を取るぞ!)
気合を入れて、その場を後にした私は、屋敷に戻ってリュゼの部屋へ向かった。
ずんずんと廊下を進み、従兄の部屋の前で足を止める。
「お兄様、お話があります!」
ノックしてしばらくすると、硬いオーク製の木の扉が開き、リュゼがひょっこり顔を出した。
「ブリトニー、珍しいね。最近は僕の付近に近寄ることはなかったのに。どうしたの?」
気まずくて距離を取っていたことは、お見通しらしい。
従兄は私を部屋の中へ招きいれ、近くの長椅子に案内した。
「ど、どうも」
「新しい取引先でも見つけてきた? 君が、あの短時間で婚約の返事を出せたとは思えないし」
……全部読まれている。
「ええ、まあ、そんなところです。そっちのお返事も、きちんとしなければならないのですが」
「焦らなくていいよ。でも、ずっと拒絶されるのは寂しいなぁ」
青い瞳がゆっくりとこちらを向くと同時に、彼への罪悪感が湧いてきた。
「す、すみません……拒絶ではなく、お兄様への接し方に困っていただけです」
「正直者だなあ」
「そ、それでですね。お兄様に相談したいことがあってですね」
「言い淀むということは……まずい内容?」
「ち、違いますよ? エミーリャ殿下が南の国への旅に誘ってくださったので、行きたいなあと」
「……エミーリャ殿下と二人で行くのはまずくない?」
「南への旅に行きたがっているメンバーは、エミーリャ殿下にルーカス殿下、メリル殿下にリカルド、そして私です。増えたり減ったりすることもあるでしょうが……」
「ふぅん? リカルドも行くの」
リュゼの目がすっと細まり、私の心臓が縮み上がる。これは、まずい。
「あー……急用を思い出しました」
席を立ち、くるりと回れ右をして扉へダッシュする。
しかし、優秀な従兄弟に先回りされ、長い足で出口を塞がれた。これでは、外へ出ることができない。
「まあまあ、もう少しゆっくりして行きなよ」
「お兄様、そんな格好で扉を塞ぐなんてお下品ですよ」
「ふふ、ごめんね? 足が長くて、つい……」
なんて嫌味な野郎だ。
(そして、私……従妹なのに、なんで足が長くないんだろう。不公平!)
脱出を諦めた私は、部屋の中に一歩戻った。
「ねえ、その南への旅だけどさ。僕もメンバーにねじ込めない?」
「へ……?」
「せっかくだから、南の国へ行ってみたいなあ」
にっこりと、やたら強制力のある笑みに押し切られた私は、コクコクと頷かざるを得なかった。












