114:湧き上がる嫉妬心
「へえ、なるほどねえ。あの、抜け目ない北の伯爵には、意外な弱点があったか」
エミーリャの指摘を聞き流しつつ、私は早くも彼に相談してよかったのか不安になっていた。
「思うに、ブリトニーは、自領と王都しか知らないから、もっと広い世界を見てくればいいと思うよ? せっかく、自由に動ける立場なのだから。様々な経験をすれば、見えてくるものがあるかもしれない」
「ええと、無制限に動けるわけではないですよ? 移動すれば経費もかかりますし」
無駄な出費をすれば、従兄の冷たい視線が容赦なく飛んでくる。
「なら、そこは俺がなんとかしよう!」
「いやいや、ですから……」
そんなやりとりをしていると、廊下の窓から見える中庭によく知る三人の姿が見えた。
リカルドとルーカス、そして……メリルだ!
(あんな場所で、なにをしているんだろう?)
横目で様子を伺っていると、エミーリャも彼らに気がついた。
「ルーカス王子と、メリル王女だな。もう一人は……」
「元アスタール伯爵家次男で、私の友人のリカルドです」
「ああ、彼がそうなのか」
「ご存知なのですか?」
「未来の義兄上の友人だからね。話したことはないけれど、一度会ってみたいと思っていた」
外にいるメンバーは、仲良く談笑している様子だ。
ルーカスはもちろん、メリルも楽しそうである。
(うーん、眩しい)
少女漫画の主役級二人と、リカルド。キラキラした完璧な三人組を見ると、どこかワクワクした気分になってしまう。
まるで、今にも物語が動き出しそうだ。
「メリル王女は、なかなか面白い子だよね」
「……そうですねえ。エミーリャ殿下は、どのあたりが面白いと思います?」
「まっすぐで、誰にも物怖じしない性格。そして、新しい発想を実行しようとする行動力かな」
確かに、少女漫画の主人公なので、メリルの性格はまっすぐ素直だ。誰に対しても裏表がなく、明るく可憐な根っからの主人公気質。
新しい発想というのは、前のお茶会などで口にした諸々だろう。
そちらは、やや問題があるものの、マーロウ王太子やアンジェラがなんとかしてくれると信じている。
窓にもたれかかるエミーリャは、なおも話を続けた。
「それから、城に来てすぐに、たくさんの信者を獲得してしまったことも興味深いね」
「信者、ですか?」
「彼女を信奉する、権力者の男性たち。彼らはメリル王女に首ったけで、様々な活動を支援している」
「そうなんですね」
「もっとも、その奥方たちからは蛇蝎のごとく……という感じだけれど」
夫が小娘に骨抜きになっているのだ。妻としては、面白くないだろう。
(私だって……もし、リカルドがメリルにメロメロだったら嫌だし)
そんなことを考えながら、再び三人組の方へ視線を動かす。
すると、メリルがリカルドの肩を親しげに何度も叩いているのが目に入った。
思わず、二度見してしまう。
(ええっ……!? さ、触りすぎじゃない?)
この国では、年頃の男女は互いにお触り厳禁である。よほど親しい間柄ならともかく、そうでないならひんしゅくを買う。
触れ合えるほど親しい相手、イコール婚約者と見るのがこの国の人々なのだ。社交デビューを果たした女性なら尚更そうである。
長年、伯爵家の令嬢として育ってきた私にも、その感覚は根付いていた。
(おのれ、メリル……よりによって、リカルドにボディータッチとは)
少しだけ、自分の中から、ドロドロした汚い感情が立ち上ってくるのがわかる。
これは、嫉妬だ。
駄目だとわかっているのに、彼女に対する苛立ちが溢れてくる。
その間も、メリルはリカルドに親しげなボディータッチを繰り返していた。
ルーカスを見ると、少し困ったような表情になっている。
婚約者候補の行動に戸惑っているのかもしれない。
メリルに他意はなく、街育ちだから気を配れないだけだろうけれど。
(でも……)
そんな風にリカルドに触らないで欲しい。
決められた婚約者がいる身のくせに、思わせぶりな態度を取らないで欲しい。
だいたい、なんで触る相手がリカルドなのだ。少女漫画みたいに、ルーカスにベタベタしていればいいじゃないか。メリルなんて……
(駄目だ、駄目……そんなこと考えたら、原作みたいになっちゃうよ。落ち着け、私)
こんな醜いことを考える自分は嫌だ。
深呼吸をして、心を落ち着ける。落ち着かないけれど、とにかく苛立ちを無に還すのだ。
現場から目を逸らし、深呼吸を繰り返し、なんとか通常状態に戻る。
「大丈夫、ブリトニー? 過呼吸?」
「え……? 違います、ただの深呼吸です!」
「そう、無事なら良かった。ねえ、今から彼らの方へ行ってみない?」
「ええっ!?」
「ほら、行くよ!」
強引なエミーリャ王子に誘われ、断りきれない私は城の中庭へと向かった。












