111:知らないうちに縁談の話が来ていた件
王都にある私の滞在先に、急遽ノーラがやってきた。
彼女のメリルへの怒りは、一日で収まらなかったのである。
普段は控えめなノーラの激しい怒りは、私にとって少し意外なものだった。
客室へ案内するなり、彼女は昨日の出来事を蒸し返す。
「信じられないわ、あの王女様。何もわかっていないくせに、突っかかるのはやめてくれないかしら」
「……そうだね」
「私、無理なの。ああいう女を見ると、イライラが止まらないの!」
ノーラは、クセの強い髪をかきむしりながら吠えた。
「まあ、メリル殿下は王女になりたてだし。そのうち静かになるんじゃないかな?」
「ブリトニー。あなた、楽観的過ぎるわ。あの手の女は、出しゃばりだすとキリがないのよ!」
「そ、そう?」
「あなたも、そのうち絡まれるわよ。なんというか、自分に絶対の自信を持っているから、他人の意見を聞き入れない子だと思うの」
「なるほど、それは困るね」
ハークス伯爵領の産業に口を出されては、かなわない。
「変に権力を持っているから、尚厄介よね。主張している内容も、机上の空論だから言葉に重みがない」
「確かに……」
「だいたい、なんなの! 化粧をする必要がないって! 私の醜さを舐めているの!? 私みたいな女が化粧で顔もごまかさずに綺麗に装えば、『不細工のくせにお洒落をするなんて、調子にのっている』と嗤われるのよ。かといって、化粧をしなければ『不細工のくせに努力が足りない』とけなされる!」
私自身も、大変覚えがある。
太った容姿の時に他人から辛く当たられることは、実際にあった。「デブのくせに、パーティーで婚約者探しか?」なんて、あからさまに罵られたことも。
「こんなことを思うなんて、性格が悪いという自覚はあるわ。容姿も性格も悪いなんて、救いようがないわよね……! でも、仕方がないじゃない。こんなになるまで、誰も手を差し伸べてくれなかったのだから! 私だって、もっと早いうちに誰かに救って欲しかったわよ!」
ノーラの声には怨念がこもっている。
「王都に来る前に、婚約者探しという名目で、数人の令嬢たちとご近所の殿方に会う機会があったの。知り合いのご婦人の娘が参加するということで、年の近い私にも声がかかったのだけれど」
「その婚約者探しで、嫌な思いをしたの?」
「ええ! 私は、引き立て役にされるために呼ばれたの! あの婦人、自分の娘に婚約話を持って来させるために、周囲を不細工で固めていたのよ!」
「……ちょっと、悲観的すぎない?」
「いいえ、私にはわかるの。実際に惨めな思いをしたのだから。男性陣の中に、ただ一人だけ、私にたくさん話しかけて来た男がいたわ」
「なら、いいじゃない」
「その理由が問題なの。後で人づてに聞いたのだけれど、『不細工だし、なんでも言うこと聞きそう』、『美人は競争率が高いし、性格も我儘だろうから妥協した』というのが、私を選んだ理由だったらしいわ」
「なんという、失礼な理由なの!?」
「でしょう!? 世の中、どうせ天然物の美人のためにできているのよ! いくら化粧で美しく装っても、限界は突破できない! 見た目でシャットアウトされたら、中身まで見てもらえないのよ。 性格にも自信はないけれど!」
メリルは、もともと燻っていたノーラの地雷を、思い切り踏んづけてしまったようだ。
周囲に褒められて素直に伸び伸び育った人間とは違い、なんども打ちのめされてきた人間というものは、私も含めコンプレックスを抱えて多少内面が歪む。
そこを無視して、美人に「内面が大事」などと指摘されたくない気持ちは、嫌というほど理解できた。
「ブリトニーは、リカルドという素敵な相手がいて良いわね」
ノーラは、彼と私の関係を詳しく知っているわけではない。
しかし、仮面舞踏会での一幕や、普段から仲の良いところを見ているので、時折このようなことを言い出すのだ。
「そうでもないわよ。婚約の申し込みはされたけれど、リュゼお兄様に保留にされているもの……アスタール伯爵領では事件があったし、そのうち反対されるかもしれない」
「そうだったの? かなり仲が良いから、うまく行っていると思っていたわ」
「私も、リカルドと婚約したいけれど。こればかりはね……」
目を伏せると、ノーラが私の両手を強く掴んだ。
「ノーラ?」
「私、二人を応援するわ!」
「え、でも……」
「とにかく! リカルドも、今は辛い立場だけれど。優秀だし、いずれ復帰できると思うのよ。アスタール伯爵領は継げないかもしれないけれど、王太子殿下の覚えもめでたいし、それなりの立場を手に入れるはずだわ」
「そ、そうかな」
普段は控えめなノーラの暴走に、私はまだ戸惑いを隠せずにいる。
しかし、普段は表に出さないだけで、彼女が日頃から鬱憤を抱えていることは理解できた。
(初めてノーラに出会った時、どうしてこの子が少女漫画で意地悪な令嬢になるのかと疑問に思ったけれど。もともと、内側に怨念要素を持っていたのかもしれない……)
今のノーラを見ていると、メリルが引き金となり、彼女が暴走し出す展開もあると思うようになった。
(私は痩せたし、リュゼお兄様は生きている。アンジェラの性格はましになった。けれど、まだまだ油断はできないな)
ふとした瞬間に、メリルがきっかけで事態が反転してしまう。
そんな不安を感じた。
しばらくすると、リュゼが部屋に顔を出した。
少しの間、従兄はハークス伯爵領へ戻っていたのだが、また王都に出張している。
先ほどまでのやさぐれ加減が嘘のように、ノーラが瞳を輝かせた。
「リュゼ様ぁ、お会いできて嬉しいです」
声がワントーン高い。
「やあ、ノーラ嬢。社交デビューの時以来だね」
「はい。あの時は、一緒にダンスしていただき、ありがとうございました」
「僕の方こそ」
ひとしきりリュゼと話したノーラは、少しイライラが解消されたようで、落ち着きを取り戻した。
スッキリしたらしく、穏やかな表情で帰っていく。
(リュゼお兄様に、感謝だな……ノーラが元に戻ってよかった)
帰って早々、従兄は無自覚に私を助けてくれた。
「そうそう、ブリトニー。南の王子との取引の件、本格的に始めることになったよ」
「そうですか、欲しいものがたくさんあったので助かります」
エミーリャ王子とのやりとりについては、すでにリュゼに報告済み。彼はそれを受けて動いてくれていた。
悲しいかな、メリルも指摘していたけれど、この国は少し保守的だ。
女性が堂々と商談の場に出たり、交渉の席についたりできなくはないけれど、まずなめられるし要らない苦労をする。
実績を積もうにも、社交デビューしたての私程度では門前払いされるのがオチだ。
なので、領外でのやりとりに関しては、従兄に動いてもらったほうが早い。
「ブリトニーのおかげだね。まさか、南の王子と親しくなるなんて思わなかった」
「それは、私もです。奇妙な偶然がありまして」
ブートキャンプや香水のことを話すと、リュゼは面白そうに口の端を上げた。
「へえ、それはそれは。機会があれば、ぜひハークス伯爵領にご招待したいね」
「ですよね! 主要部の水路は着々と完成しつつありますし、お兄様の進めていた果実酒の開発も軌道に乗っています」
「そうだね。この間ブリトニーが発見した泉からとれる、炭酸水というもので割ったお酒も好評だよ。不毛の地だったけれど、植える作物を工夫することで少しずつ農業も発展している」
「アスタール伯爵領と共同で、街道の整備も進めていますし。王都への近道ができれば、いずれうちの領土が観光地になれるかもしれません。そうすれば、温泉が」
「……まあ、温泉は、そのうちね。資金がたまれば、いずれ」
「お兄様が、やっと温泉普及に乗り気に……!」
「少し、資金に余裕が出て来たから」
事件の後処理が予想より早く片付いてきたので、他に回せる予算ができたようだ。
「それはそうと、ブリトニー宛に、たくさん縁談の話が来始めたよ」
「……縁談、ですか」
リュゼは青い瞳をこちらに向け、私の反応を探っている。
(できれば、そういう話は少し待って欲しいな。リカルドのことがあるし)
そう告げようとしたが、その前にリュゼがキラキラした微笑みを浮かべ口を開いた。
「もちろん、全部断っておいたけれどね」












