110:お茶会クラッシャーと静かなる般若令嬢
王子たちを交えて、お茶会が再開される。
北のルーカスはメリルの近くに陣取り、南のエミーリャはアンジェラの隣で笑みを浮かべていた。
アンジェラは、ツンツンしたり赤くなったり忙しいが、彼を拒絶することはない。
その様子を見て、この場にいる令嬢たちも、ある程度の事情を察したと思われる。
北の国はメリルを、南の国はアンジェラを取ったのだと。
ちなみに、マーロウ王太子はエレフィス侯爵令嬢と私の間に着席した。
(エレフィス侯爵令嬢の外見は、彼の性癖に合っているよね)
この王太子は、ふくよかな体型の女性が好きなのだ。
エレフィス本人には王族を狙う気がないものの、侯爵家なら王家と結ばれても不自然ではないと思う。
しかし、エレフィスはアンジェラに話しかけられ、そちらに応対していた。
なので、マーロウは私に話しかける。
「ブリトニー、エミーリャ殿下が、お土産をたくさん持って来てくれたのだ。乾燥したものだが、南の国にしかない植物もある」
「それは、興味深いですね」
意図せず彼と趣味の話をすることになり、そこにエミーリャも口を挟む。
「マーロウ殿下、俺のことはエミーリャでいいって。気楽に呼んでよ」
「ああ、では、私のこともマーロウと」
南の王子は、中央の王太子との仲の良さをアピールした。
そして、なぜか南の植物の使い道を、三人一緒に研究しようという話になった……
「南の国内では、植物を片っ端から料理に使っているけれど。他に使い道があるかもしれないね」
「それもそうだな! 今でも各地の植物を集めているが、ハーブティーコレクションが更に増えそうだ」
「でも、鮮度の問題があるんだよね。現地で採れた植物は、当然こっちに運ぶまでに枯れてしまうから、苗ごと輸送する形になるんだけど。それでも、気候が合わずに駄目になるかも」
「うむ、ハーブティーなら乾燥させているから、問題ないのだが……」
「とりあえず、取り寄せてみようか」
「そうだな」
話がまとまったところで、他の会話に耳を傾けてみる。
すると、ノーラとメリルが微妙な感じになっていた。
「ええと、ですから……そのようなことは」
「いいえ、きっとそうよ! 私、勉強の一環で各地の報告書を読んだもの。あなたの領地は、鉱石の産出量を調整して、市場に出回る品の価格を操作しているわよね。これって良くないことじゃないかしら?」
どうやら、ノーラの領地から取れる鉱石について揉めているようだ。
「私の口からは、なんとも……なにぶん、女の身ですので」
そう言って、ノーラは言葉を濁した。
彼女は領地で両親の手助けをしているので、その辺りの事情も知っているのだが……面倒そうなので、令嬢であることを言い訳にして逃げている。
だが、メリルは別の意味に取ったらしい。
「そういう姿勢はいただけないわ。性別を言い訳にして、自領の勉強を怠るなんて。さっきも言ったけれど、これからは女性も活躍する時代なのよ」
そう言って、メリルはまた持論を展開し始める。
ノーラの領地が採掘を調整しているのは本当だが、それは掘り過ぎによる資源の枯渇を防ぎ、過去の失敗を繰り返さないためだ。決して、不正に値を釣り上げているわけではない。
彼女の領地は、鉱山を掘り尽くして何も出なくなり、困窮したことがある。
最近は、新たに売り物になる鉱石が見つかり、新しい鉱山も発見されたが、同じ過ちを繰り返さないため慎重になっているのだ。今は別の産業も始めている。
他にも、鉱石が大量に出回り、大事な収入源が値崩れを起こさないように気をつけていた。
(消費者のことを思えば、安くていつでも手に入れられるのが一番だけれど。鉱石には限りがあるし、そういう事情をまるっと無視されてもなあ)
横から口を出したいが、相手は元平民とはいえ王女様だ。つまり、私より格上。
今の状況でメリルに盾突くのは得策ではない。
少女漫画のブリトニーが、あんなにも堂々と王女をいじめていたのは、アンジェラという絶対的な後ろ盾があったからである。
私は、救いを求めるようにマーロウを見た。彼は正確に私の意図を汲み取ってくれた模様。
「メリル、各領地にも、それぞれ事情がある。そのあたりのことは、今後勉強していこう」
「しかしですね、お兄様」
反論するメリルを見て、ついにアンジェラが立ち上がった。
「いい加減になさい、メリル。あなたは、私のお客様に不快な思いばかりさせて。その上、お兄様に口答えする気ですか?」
「……お、お姉様?」
びくりと震えるメリル。兄には反論できるが、姉には何も言えないらしい。
「アンジェラ、メリルはまだ王宮に来たばかりで、何もわからないのだ。慣れるまで、もう少し時間がかかるだろう」
「そうですわね。ですが、誰彼構わず、今のような態度に出られては困ります。これでは、人前に出せませんわ」
その言葉を聞き、メリルは俯いてしまった。
「ご、ごめんなさい。私、そんなつもりじゃ……不快な思いをさせて、申し訳ありません。失礼します」
そのまま涙目で席を立ち、メリルはどこかへ駆けていく。それを追うルーカス。
(後始末、丸投げ?)
残されたメンバーは、微妙な面持ちで席に座っていた。
「皆様、申し訳ありませんわ。私の教育不足です」
疲れた顔で謝るアンジェラ。
あの第一王女を謝罪させるなんて。メリルは、ある意味大物だ。
マーロウ王太子も、一緒になって謝っている。
「お二人とも、どうぞお顔をあげてください」
「私たちは、わかっていますから」
ミランダやエレフィスが、特に落ち込んでいるアンジェラを慰める。
彼女たちは、アンジェラが更生してからできた令嬢仲間だ。
二人とも少し前から王都に滞在していたので、よく三人で会っているらしい。
令嬢たちは、アンジェラの味方だった。
(アンジェラは、マーロウ様の甘さが気にくわないみたいだな。もっとビシバシ躾けたいと思っていそう……)
でも、それは悪意からではない。
今日のお茶会で、そんな印象を受けた。
だが、そんなアンジェラとは違って、般若のごとき形相を浮かべた令嬢が一人いる。
(ノーラ……!?)
俯いているため、誰も彼女に気付かないが、私には歯ぎしりをする友人がバッチリ見えてしまった。
しばらくして、お茶会はお開きになり、私とノーラは一緒に会場を後にする。
ミランダとエレフィスも連れ立ってその場を後にした。
アンジェラには、マーロウ王太子とエミーリャ王子が付き添っている。
彼らを遠目から見送った私は、隣に立つノーラをなだめにかかった。












