108:意外な人物と意外な変化
予期せず南のエミーリャ王子と会ってしまった私は、その後も彼と話すようになった。
エミーリャ・ガザ・カステレスは南の国の第三王子で、少女漫画のメインヒーローの一人だ。
今は、アンジェラかメリルのどちらかと婚姻を結ぶため、うちの国に滞在している。
行動力のある性格の持ち主で、私はその後も彼と城内で出会うようになった。
(関わらない方向で行こうと思ったけれど)
王子の方から話しかけて来るので、失礼な真似はできない。
話す内容は南の国のブートキャンプについて、互いの国の特産品についてなどが多かった。
それは、私にとっても興味深い話題だ。
「……へえ、南の国には、アロエがあるのですか」
「うん、こっちは暖かいからねえ。ブリトニーは、アロエを知っているの? うちで取れるのは、キダチアロエとアロエベラだね」
「やはり、薬として使っているのでしょうか」
「苦いけど、胃薬とか。あとは火傷の際に塗り薬として……欲しい?」
「シミやそばかす予防にも使えそうなので、もちろん欲しいですが、南の国からアロエを入手する伝手がありません。うちの領地が南と取引しているのは、麝香など香水の原料くらいで」
「俺でよければ、色々手配してあげようか? ハークス伯爵領の石鹸と交換ということで」
石鹸は南の国の王室にも伝わっているようだ。
麝香の取引で石鹸を下ろしたので、そのためかと思われる。
「ですが、王子殿下にそこまでしていただくわけには……」
「いいんだ。兄がね、君によろしく伝えて欲しいと言っていたから」
「……どういうことですか?」
「なるべく、便宜を図ってやるようにと言われているんだ」
エミーリャの言葉を受けて私は首を傾げた。
南の国の他の王子には会ったことがなく、「よろしく」と言われる覚えなどなかったからだ。
それを感じ取ったのか、エミーリャも苦笑いを浮かべた。
「俺の兄――第二王子は、君と少し似ている部分がある。麝香の用途を最初に見つけたのは彼で、アロエも彼によって広められた。他に、スパイスをふんだんに使った料理とか、色々謎なものを作り出しているよ。まるで、君の作る石鹸や化粧水みたいにね」
ハークス伯爵領産の石鹸や化粧水。
これらはリュゼが広めてくれたものだが、なぜか南のエミーリャ王子は私が作ったものだと断定している。
「それから、兄から君へ伝言があるのだけれど」
「伝言、ですか?」
「ええと、『君が私と同じなら、今の立場に苦労していることだろう。死にそうになったら南へ逃げておいで』だったかな。それから、『ワショクが恋しくなったら、こちらへ遊びに来るといい』、『私は男で美容知識に疎いから、ぜひ南の国に中央の国の美容文化を広めて欲しい』って……」
「……!!」
それだけで充分だった。私は、エミーリャの兄が何者なのか理解する。
(和食って……私と同じ日本人の転生者じゃないの!? そして、原作のブリトニーのことを知っている人!?)
何の手段を使ったのか不明だが、第二王子は私のことを知った。
そして、原作と違う今の姿や石鹸の発明などを総合的に判断し、私自身が転生者で日本人だと決定づけたのだろう。確かに、あの少女漫画が出回っているのは日本だけである。
とはいえ、エミーリャ王子は前世の記憶云々に触れていないので、第二王子も転生した詳細をぼかしているのかもしれない。
南の国からハークス伯爵領は遠いので、わざわざ私を探りに来ることは考えにくいが……最近の私は王都に出ていることが多かった。
だから、そういった南の国の関係者に、密かに様子を探られていたのかもしれない。
(これからは……もっと、周囲に気をつけよう)
ちなみに、私のいる国は他国に『中央の国』と呼ばれている。単に、大陸の中央あたりにあるからだ。
この周辺の主な国は、北の国、中央の国、南の国、東の国。海を挟んで西の国がある。
その他は、小さな国があちらこちらに点在している状態だ。
(思わぬ味方が見つかったかも。できれば会いたいな、現実的に無理だけれど)
完全に信用するかはさておき、第二王子は同じ転生者という私に友好的な模様。
「ちなみに、エミーリャ殿下は、他のご兄弟と仲がよろしいのですか?」
「うちは三兄弟だけれど、全員仲良しだよ。真ん中の兄が、全員の仲を取り持ってくれているからね。臣下の中には対立を煽るような輩もいるけれど、俺たちは団結しているし争ったりしない」
南の国の兄弟は、北の国と違って険悪ではないらしい。
(どうにもならなくなったら、助けてもらおう。そして、アロエの取引をさせてもらいたい)
聞けば、南の第二王子は料理が得意らしい。
王子であるにも関わらず、次々に面白い食べ物を開発しては周囲を驚かせているのだとか。
「あの、もしかして……エミーリャ殿下は、最初から私に会うつもりでした?」
「そうだね、兄が君を気にかけていたから。城内で偶然会えたのは運が良かった」
「世の中、何が起こるかわからないですね」
私はとある可能性に気がついた。
(もし、私や彼の他に日本からの転生者がいたとしたら。この世界の文明のちぐはぐさに説明がつくかも?)
転生した日本人たちが他にもいて、自分の興味のある分野で前世の知識を広めたとしたら……今のような状態になるかもしれない。
それを証明する手段はないし、私自身の憶測の域を出ないけれど。
(大元は少女漫画の世界だし)
考察はさておき、私はエミーリャ王子に質問した。
「エミーリャ殿下は、すでに王女殿下たちに会われたのですよね?」
「ああ、ルーカス王子にも会った」
どちらが好みかと聞いてみたいが、色々な政略も絡む話だ。エミーリャ王子も迂闊なことは言えないだろう。
そう思って質問を控えたのだが、意外にも王子の方が話を進めた。
「アンジェラ王女は、君の言った通り面白い女性だね。メリル王女は美人さんだし……ルーカス王子は彼女に熱を上げている様子だったな」
ルーカスの態度は、わかりやす過ぎだろう。
(アンジェラどころか、よその王子にまでバレバレだよ)
面食い王子は、メリル一択を貫いている。
「俺は、アンジェラ王女の方がいいけれど。まあ、意見が被らなくて良かった良かった」
「……そうなのですか?」
「だってさ。どう考えても、アンジェラ王女の方が良くない?」
「それは、政略的な意味で……ですか」
確かに、客観的に考えると、第一王女アンジェラの価値は高い。
(生まれながらの王女様だし、正妃の娘だし)
それをぶち壊して余りある性格は、マーロウ王太子の教育によってある程度改善されている。
(私としては、アンジェラを応援したい)
なんだかんだ言いつつ、アンジェラは私を友人認定してくれた。私の方も、彼女のことは大事な友人だと思っている。惨めで悲しい思いはして欲しくない。
エミーリャ王子がアンジェラを選ぶなら、彼女が余ることはないだろう。しかし……
アンジェラは、ドライな政略ではなく、あくまで愛を求めているのだ!
「もちろん、そうだけれど。個人的にも、彼女の方が好みかな」
「えっ……?」
私は思わず、彼を凝視する。
(どういうこと? 原作と違うなんて、一体何が……!?)
動揺していると、エミーリャ王子が楽しそうな笑みを浮かべた。
「中身に大きな問題さえなければ、第三王子として普通にアンジェラ様を選ぶよ。個人的にも弄りがいがあって楽しいというか、なんというか。まあ、初対面で、ちょっと怒らせちゃったみたいだけれど」
そう告げる彼の飴色の瞳は、キラキラと輝いている。
(エミーリャ王子、何をしたの!?)
心の中で「良かったね!」という安堵の気持ちと、「これから大丈夫!?」という不安な気持ちが入り乱れる私であった。












