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転生先が少女漫画の白豚令嬢だった  作者: 桜あげは 
16歳

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109/259

108:意外な人物と意外な変化

 予期せず南のエミーリャ王子と会ってしまった私は、その後も彼と話すようになった。

 エミーリャ・ガザ・カステレスは南の国の第三王子で、少女漫画のメインヒーローの一人だ。

 今は、アンジェラかメリルのどちらかと婚姻を結ぶため、うちの国に滞在している。

 行動力のある性格の持ち主で、私はその後も彼と城内で出会うようになった。


(関わらない方向で行こうと思ったけれど)


 王子の方から話しかけて来るので、失礼な真似はできない。

 話す内容は南の国のブートキャンプについて、互いの国の特産品についてなどが多かった。

 それは、私にとっても興味深い話題だ。


「……へえ、南の国には、アロエがあるのですか」

「うん、こっちは暖かいからねえ。ブリトニーは、アロエを知っているの? うちで取れるのは、キダチアロエとアロエベラだね」

「やはり、薬として使っているのでしょうか」

「苦いけど、胃薬とか。あとは火傷の際に塗り薬として……欲しい?」

「シミやそばかす予防にも使えそうなので、もちろん欲しいですが、南の国からアロエを入手する伝手がありません。うちの領地が南と取引しているのは、麝香など香水の原料くらいで」

「俺でよければ、色々手配してあげようか? ハークス伯爵領の石鹸と交換ということで」


 石鹸は南の国の王室にも伝わっているようだ。

 麝香の取引で石鹸を下ろしたので、そのためかと思われる。


「ですが、王子殿下にそこまでしていただくわけには……」

「いいんだ。兄がね、君によろしく伝えて欲しいと言っていたから」

「……どういうことですか?」

「なるべく、便宜を図ってやるようにと言われているんだ」


 エミーリャの言葉を受けて私は首を傾げた。

 南の国の他の王子には会ったことがなく、「よろしく」と言われる覚えなどなかったからだ。

 それを感じ取ったのか、エミーリャも苦笑いを浮かべた。


「俺の兄――第二王子は、君と少し似ている部分がある。麝香の用途を最初に見つけたのは彼で、アロエも彼によって広められた。他に、スパイスをふんだんに使った料理とか、色々謎なものを作り出しているよ。まるで、君の作る石鹸や化粧水みたいにね」


 ハークス伯爵領産の石鹸や化粧水。

 これらはリュゼが広めてくれたものだが、なぜか南のエミーリャ王子は私が作ったものだと断定している。


「それから、兄から君へ伝言があるのだけれど」

「伝言、ですか?」

「ええと、『君が私と同じなら、今の立場に苦労していることだろう。死にそうになったら南へ逃げておいで』だったかな。それから、『ワショクが恋しくなったら、こちらへ遊びに来るといい』、『私は男で美容知識に疎いから、ぜひ南の国に中央の国の美容文化を広めて欲しい』って……」

「……!!」


 それだけで充分だった。私は、エミーリャの兄が何者なのか理解する。


(和食って……私と同じ日本人の転生者じゃないの!? そして、原作のブリトニーのことを知っている人!?)


 何の手段を使ったのか不明だが、第二王子は私のことを知った。

 そして、原作と違う今の姿や石鹸の発明などを総合的に判断し、私自身が転生者で日本人だと決定づけたのだろう。確かに、あの少女漫画が出回っているのは日本だけである。

 とはいえ、エミーリャ王子は前世の記憶云々に触れていないので、第二王子も転生した詳細をぼかしているのかもしれない。


 南の国からハークス伯爵領は遠いので、わざわざ私を探りに来ることは考えにくいが……最近の私は王都に出ていることが多かった。

 だから、そういった南の国の関係者に、密かに様子を探られていたのかもしれない。


(これからは……もっと、周囲に気をつけよう)


 ちなみに、私のいる国は他国に『中央の国』と呼ばれている。単に、大陸の中央あたりにあるからだ。

 この周辺の主な国は、北の国、中央の国、南の国、東の国。海を挟んで西の国がある。

 その他は、小さな国があちらこちらに点在している状態だ。


(思わぬ味方が見つかったかも。できれば会いたいな、現実的に無理だけれど)


 完全に信用するかはさておき、第二王子は同じ転生者という私に友好的な模様。


「ちなみに、エミーリャ殿下は、他のご兄弟と仲がよろしいのですか?」

「うちは三兄弟だけれど、全員仲良しだよ。真ん中の兄が、全員の仲を取り持ってくれているからね。臣下の中には対立を煽るような輩もいるけれど、俺たちは団結しているし争ったりしない」


 南の国の兄弟は、北の国と違って険悪ではないらしい。


(どうにもならなくなったら、助けてもらおう。そして、アロエの取引をさせてもらいたい)


 聞けば、南の第二王子は料理が得意らしい。

 王子であるにも関わらず、次々に面白い食べ物を開発しては周囲を驚かせているのだとか。


「あの、もしかして……エミーリャ殿下は、最初から私に会うつもりでした?」

「そうだね、兄が君を気にかけていたから。城内で偶然会えたのは運が良かった」

「世の中、何が起こるかわからないですね」


 私はとある可能性に気がついた。


(もし、私や彼の他に日本からの転生者がいたとしたら。この世界の文明のちぐはぐさに説明がつくかも?)


 転生した日本人たちが他にもいて、自分の興味のある分野で前世の知識を広めたとしたら……今のような状態になるかもしれない。

 それを証明する手段はないし、私自身の憶測の域を出ないけれど。


(大元は少女漫画の世界だし)


 考察はさておき、私はエミーリャ王子に質問した。


「エミーリャ殿下は、すでに王女殿下たちに会われたのですよね?」

「ああ、ルーカス王子にも会った」


 どちらが好みかと聞いてみたいが、色々な政略も絡む話だ。エミーリャ王子も迂闊なことは言えないだろう。

 そう思って質問を控えたのだが、意外にも王子の方が話を進めた。


「アンジェラ王女は、君の言った通り面白い女性だね。メリル王女は美人さんだし……ルーカス王子は彼女に熱を上げている様子だったな」


 ルーカスの態度は、わかりやす過ぎだろう。


(アンジェラどころか、よその王子にまでバレバレだよ)


 面食い王子は、メリル一択を貫いている。


「俺は、アンジェラ王女の方がいいけれど。まあ、意見が被らなくて良かった良かった」

「……そうなのですか?」

「だってさ。どう考えても、アンジェラ王女の方が良くない?」

「それは、政略的な意味で……ですか」


 確かに、客観的に考えると、第一王女アンジェラの価値は高い。


(生まれながらの王女様だし、正妃の娘だし)


 それをぶち壊して余りある性格は、マーロウ王太子の教育によってある程度改善されている。


(私としては、アンジェラを応援したい)


 なんだかんだ言いつつ、アンジェラは私を友人認定してくれた。私の方も、彼女のことは大事な友人だと思っている。惨めで悲しい思いはして欲しくない。

 エミーリャ王子がアンジェラを選ぶなら、彼女が余ることはないだろう。しかし……

 アンジェラは、ドライな政略ではなく、あくまで愛を求めているのだ!


「もちろん、そうだけれど。個人的にも、彼女の方が好みかな」

「えっ……?」


 私は思わず、彼を凝視する。


(どういうこと? 原作と違うなんて、一体何が……!?)


 動揺していると、エミーリャ王子が楽しそうな笑みを浮かべた。


「中身に大きな問題さえなければ、第三王子として普通にアンジェラ様を選ぶよ。個人的にも弄りがいがあって楽しいというか、なんというか。まあ、初対面で、ちょっと怒らせちゃったみたいだけれど」


 そう告げる彼の飴色の瞳は、キラキラと輝いている。


(エミーリャ王子、何をしたの!?)


 心の中で「良かったね!」という安堵の気持ちと、「これから大丈夫!?」という不安な気持ちが入り乱れる私であった。


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