99:原作開始の予兆
リカルドが発ってから数日間、私とリュゼは領地内の仕事で忙殺されていた。
祖父の方は、あれからすぐ無事に北の町で決着をつけたようだ。
王都からの援軍も活躍したらしく、北の国の兵士たちはあっさり撤退した。
マーロウから借り受けた小隊は、争い後の治安維持の仕事に就いている。
マッチョな彼らは、大きな瓦礫を運んだりもしていて、町の人に感謝された。
怪我人も順調に回復しているし、物資の運搬もスムーズになってきた。
そして、捕えられたミラルドだが……今までの病弱設定は全て嘘で、拘束された割に元気そうだ。
わがままを言って、世話係を困らせている。
不健康さを際立たせていた目の下の隈は、元々のものらしい。
「ブリトニー、そろそろ伯爵家へ戻るよ。近々城にも顔を出さないとね」
「そうですね、マーロウ王太子にお礼を言わなければなりません」
領地に戻った私たちは、祖父と合流。
今後のことについて話し合った。
「うむ。アスタール伯爵領は、今後厳しいだろうな」
祖父の意見は、私が予想していた内容とほぼ同じだった。
「しかし、あそこの伯爵には世話になっておる。今こそ、ハークス伯爵領が助けに入るときだ!」
私も祖父と同じ意見、リュゼも異論はないらしい。
過去にアスタール伯爵家に助けられた事実を、ここにいる三人は痛いほどわかっている。
「とはいえ、うちの領土の復興もある。また金が必要になるだろう」
憂い顔の祖父に向け、リュゼが口を開く。
「お祖父様、おそらく北の国の賠償金の一部は、我が領土に報酬として与えられるかと。復興はそちらを使えばなんとかなります。今年は税収も多い……今すぐそれらが手に入るわけではないですが」
三人とも口をつぐみ、部屋に重い沈黙が訪れる。
リュゼは借り受けた兵士たちと共に、王都へ一度報告に向かう。
しかし、私は事後処理で領地を離れることができない。
会えない間も、リカルドのことが心配でならなかった。
※
半月後、王都から使者が訪れた。
国王からの伝言や、今回の事件に関する決定を持って来たらしい。
客間に通すと、使者は持っていた紙を開いて、伝達事項を話し始めた。
使者から告げられた内容は、要約するとこうだ。
北の国は今回、多額の賠償金、その他諸々を支払うことになった。
リュゼの予想通り、その中からハークス伯爵領は報酬をもらった。
事件の首謀者である王女の身柄は、この国へ引き渡すことになっていたが、途中で何者かに襲われて行方不明らしい。
おそらく生きていないだろうということになった。
アスタール伯爵領には罰が与えられた。
ミラルドは王都に引き渡して生涯幽閉、アスタール伯爵夫妻は引退。
爵位はリリーの父親が一時的に引き継いだ。
とはいえ、治める領地の半分は国に返すこととなる……
本来なら厳しい刑が適用されるが、アスタール伯爵夫妻の無実が証明されており、リカルドの活躍も明らかになったので、それ以上の罰は実行されなかった。
今後、アスタール伯爵夫妻は引き続き領地に住み、リリーの両親の補佐に回る。
リカルドは、王都に残ることとなった。
それだけでも胃が痛くなる話だが、続く使者の言葉が、さらに私に追い討ちをかける。
「それで、北の王女がいなくなってしまいましたので、現在王都にいるルーカス様に人質として残っていただくことになりました。抑止力としては頼りないですが、我が国としては、北の国と大きな争いを起こしたくないのが本音」
「……でしょうな」
祖父が重々しく頷く。
ぶっちゃけ、この国が北の国と戦っても、得られるものがあまりない。
北の領地は、作物の実りにくい、凍てつく大地が広がっているだけなのである。
だからこそ、向こうの国が豊かな土壌を求めて度々戦いをふっかけてくるのだが……
まあ、ハークス伯爵領やノーラの領地レベルの土地が、延々と続いているという感じなのである。
今回戦いを仕掛けて来た王女は、同レベルにもかかわらず発展を遂げているハークス伯爵領が気になったのだろう。
だから、ミラルドをけしかけて戦いを始め、こちらの技術を手に入れようとした。
(撃退されて、今や行方不明なわけだけれど)
自分の国を豊かにしたかったのか、単に王位争いを優位に進めたかったのか……
彼女が消えた今、真相はわからない。
けれど、使者曰く、北の国はこちらの提示した条件を飲んだということだった。
「ルーカス様におかれましては、いずれ王女殿下と婚姻を結んでいただけたらと、国王陛下は考えておられます」
「えっ……アンジェラ様と!?」
思わず声をあげた私だけではなく、祖父やリュゼも驚いている。
「いいえ。王女ということで、誰とは決まっておりません。実は先日、王家の血を引くという少女が発見されまして……これは、公になっていない話なので、ご内密に願いますね」
そう前置きし、使者は詳しい内容を説明し始めた。
若き日の国王が、政略結婚相手の王妃と不仲であったこと。
お忍びで外に出た際に出会った平民女性と恋に落ち、色々やらかしたこと。
その後、一度は女性を城で引き取ったものの、諸々の事情から二人が引き離されたことなどを、使者は包み隠さず話す。
具体的には、平民女性は王の子を出産。
だが、直後に母子共に謀略に巻き込まれて行方知れずになった。
この事件には、亡き王妃と一部の貴族が関係していたらしい。
そのため、公にはできず、真相は闇に葬られたとか。
王は手を尽くしたが、結局女性は見つからず……おそらく、母子共に殺されただろうということになった。
当時は王に気に入られた平民女性に対する、貴族の反発の声が大きかったのである。
王自身も自分の望みを強行し、それ以上失踪事件について騒ぎ立てることができなかった。
(原作では、単に王女失踪となっていたけれど。こんな事情があったんだ……)
しかし、女性は遠い街でひっそりと生きており、生まれた娘も無事だった。
彼女は自分が病に倒れた際、娘に国王を頼るよう告げたらしい。
母の過去の伝手で、なんとか国王に面会できた少女は、現在他所の貴族の家で最低限の立ち振る舞いを教育されている。
ある程度の教育が済むまでは、城に呼ばれないようだ。
(その少女って……主人公のメリルじゃないの?)
原作は、メリルが城に到着するところから始まる。
過去の描写で、メリルと病気の母が困っているところに貴族の男性が来て、メリルを連れていくという部分があるのだ。
恐れていた少女漫画のストーリーが、ついに動き出してしまったらしい。












