4-12
現時点では、約束してあげられない。
だって、今後どうするべきなのか、私自身わかってないんだもの。
「――ティア」
イフリートが椅子から降りて、トコトコと私の前にやってくる。
「ティア、オレさまを見ろ」
そう言って後ろ足で立ち上がって、前足で私のお腹あたりをトンと押す。
「イフリート……」
「なぁ、ティア。なんでそんな不安そうな顔をしてるんだ?」
「え……? そ、それは……」
「なんでパン屋を諦めなくちゃいけないんだ? それはティアが一番やりたいことだろ?」
「あ……決定じゃないの。そうなるんじゃないかなって……」
「なんでだ?」
イフリートが重ねて訊く。私は思わず視線を泳がせた。
「さすがに四精霊の受肉に成功して……それを神殿に隠しておくのはどうかと思うの」
「神殿に報告したからって、なんでパン屋を諦めなくちゃいけないんだ?」
「それは……神殿としても聖女を遊ばせておくわけにはいかないでしょ? 今、各地でさまざまな異常が起こってるわけだから。デミトナ辺境伯領の村でも、魔獣が現れたりしてたし……」
聖女なら、国のために、人のために働かないと。
「なんでだ? わからないぞ。聖女は好きなことやっちゃダメなのか?」
私の言葉に、イフリートが意味がわからないとばかりに首を傾げる。
「オレさまたちを受肉させる能力を持ってるからって、ギセイになることなんてないんだぞ」
「ぎ、犠牲だなんて……」
そんなふうに思ってはいないよ。ただ――。
「だって、聖女なら、国のために、人々のために尽くすのは当然じゃない……?」
あ、れ……?
私は目を見開いた。
本当に――?
「…………」
『エリュシオン・アリス』のヒロインに――アリス・ルミエスが聖女として国を救ったのは、別に強要されての話じゃないよね? 聖女として、愛する人とともに、愛する国を救いたい――それがアリス・ルミエスの望みだったに過ぎない。
たとえばアリス・ルミエスがスイーツ店の店主になることを望んで、作中でそれを叶えたら――私はそのエンディングに憤りを感じたかな? 聖女なのになんでスイーツ店なんかやってんの? 務めを果たしなさいよ。国を救いなさいよってなったかな?
そりゃ、彼女が国の異常や人々の苦悩を完全に無視してたら、そう考えたかもしれないけれど、それでも絶対に国や人々のために好きなものを捨てろ、犠牲になれなんて思わない。
聖女の能力を持ってたって関係ない。
ヒロインはヒロインの幸せをつかんでいいはずで――……。
「ティアが一番いたい場所で、ティアが一番やりたいことをやるべきだぞ!」
イフリートがまっすぐ私を見つめたまま、きっぱりと言う。
「……! イフリート……」
「オレさまは、ティアから好きなことを奪うために声をかけたんじゃないぞ!」
私はハッとして、慌てて首を横に振った。
「そ、そんなふうに思わないで! イフリートたちのせいじゃないよ!」
「でも、オレさまたちを受肉したから神殿に行かなきゃいけないんだろ?」
「そ、それは……」
でも、そんなふうに思ってほしくないよ!
イフリートたちは、ただ肉体を持ってみたいって望んだだけだもの!
「神殿に行ったら、本当にパン屋は諦めなくちゃならないのか?」
イフリートがアレンさんを見る。
その視線に、それまで黙って私たちを見守っていたアレンさんは少し申し訳なさそうにしながら首を縦に振った。
「そうですね……。その可能性は高いと思います……。聖女は聖都の大神殿でお守りする存在です。自由に出歩くこともなかなかできなくなるものと……」




