理由ーーー①
「………あの、お師匠様」
「ん?」
今日の授業も全て終わり、あとは帰るだけとなった教室。もう既に立てるようになった菜々は、しっかりとした足取りで裕樹の元へ向かう。
「あの、訓練の時からずっと気になってたんですけど……その……」
菜々の視線は落ち着かずにそわそわと動いている。その動きを察して、菜々が何を言いたいのかを察した。
「あぁ、君は俺を殺すヒロインとなる。それを聞きたいんだね」
「……っ、は、はい」
「そっか………少し場所を変えようか」
ジャガーノートの入った鞄を持ち、教室から出る裕樹の後を慌てて追う。なにもはなさない裕樹について行き、エレベーターにのり、地下に行くこと三分。
「……あの、これどこに向かってるんですか?」
「学園の地下にある、工作科の俺専用ラボ」
さ、入って。と裕樹は菜々の背中を押して部屋にまねきいれる。
パチッ、と暗い部屋の電気をつけると、まず目につくのは巨大なジャガーノート整備機械。菜々はそれに目を奪われるが、頭をブンブン!と振って裕樹に意識を向ける。
「……知っての通り。俺はアビスに寄生されてる。今ではその影はないがこれでも昔は相当いじめられてて、本気で心が壊れていてヤケになっていた時期があった」
ポツリ、ポツリと話し出す。
「アビスでも人間でもない俺。1部例外を除いて、俺を見つめる瞳は、嫌悪や憎悪の視線が混じっていた……こんな俺なんて、世界に居ない方がいい。だから上級生のヒロインに頼み込んで、俺を殺すように依頼をした」
『すいません、俺を殺してくれませんか……?』
中学一年生の夏頃まで、裕樹は毎日毎日、高等部の上級生の元に行っては、中等部でも有名な先輩の元に行って、ジャガーノートで自分を突き刺すように言った。
俺は動かないから、殺してくれ、早く楽にしてくれ。いくら、裕樹のことを嫌っていようと、その姿に同情し、ジャガーノートを振りおろせないヒロインまでいたほど、当時の裕樹は弱っていた。
「だが、結果は見事全部失敗。俺がアビスなら、ジャガーノートで俺の体は綺麗さっぱり消えてなくなるんだがな………なんでなんだろうな。いくら突き刺されても、いくら首が飛ばされようと、俺の肉体は生にこびり付くように、なんでもないかのように再生してしまう」
「……っ、もういいです!」
聞いているだけで、涙が出そうだった。それ以上言わせたら、裕樹の何かが壊れてしまうような気がして、菜々は裕樹に抱きついた。
「もう、いいです、お師匠様……これ以上、何も言わなくていいです……」
「………どうして、朝凪さんが泣いてるんだよ」
裕樹はポケットからハンカチを取り出すと、泣いている菜々の涙を拭き取る。
「お師匠様がいけないんです……これ以上、無理するお師匠様を見てると、私の方が耐えられなくなります……」
「……別に、俺は無理してなんて……」
「いいえ!してます!私でも分かるんです!きっと、お師匠様を私よりもっと大切にしていて、よく見ている人は直ぐに分かったはずです!」
ギュッ、と菜々は裕樹の胸元を強く握る。
「お師匠様………お願いですから、殺してくれなんてもう二度と言わないでください……」
「………………それは無理だ」
「お師匠様!」
「俺にアビスが寄生している限り、俺は自分を殺せるヒロインを探すのをやめないし、これからも、朝凪さんを俺を殺せるように鍛えていく」
「有難く指導は受けさせてもらいますが、私、お師匠様を殺すことなんてしませんからね!」
ちゃっかり指導は受けることは確保する菜々。
「朝凪さんっ、分かってくれ!もし俺が本物のアビスになってしまったら、俺はこの手で瑠璃学園のヒロイン達を殺さなければならないんだ!もしそうなったら、きっと俺はルナティックレッドアイズなんて躊躇いなく使い、本能の赴くままにヒロインを殺し続ける!嫌なんだよ!そんな未来絶対嫌だし、そもそもそんな未来を考えてしまう俺のことが一番嫌だなんだ!」
菜々を引き剥がし、裕樹は少しずつ下がると、椅子に腰かけ、手で顔を覆い尽くした。
「暴走する危険性がないうちに、俺は朝凪さんを育て上げ、胸にいるアビスごと、俺を殺す。それでいいんだ……みんなか受け入れても、俺というイレギュラーがある限り、この瑠璃学園に、平穏の二文字はない……だから、俺なんて居ない方がーーー」
「っ、お師匠様!」
ペチン!と、菜々が声を出すと同時に、裕樹の頬に鋭い痛みが走った。
「私…もう本気で怒りましたから!!そんなわからず屋のお師匠様には、少しお説教です!」




