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龍介くんの日常  作者: 桐生初
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亀一の失恋

その日の夜、長岡家にも激震が走った。

しずかから事のあらましを綴ったメールが優子に来たからだ。


「真行寺さんが生きてたのは本当に良かったけど、一緒に住むって…。」


「複雑だなあ。」


のほほんと言う和臣に食ってかかる優子。


「そんな事言ってる場合じゃないでしょお!?亀一どおすんの!?」


「ああ、そっか。亀一にも説明しなきゃな。」


「いや、だからそれもそうだけど、しずかちゃんとの事、諦めなさいって言うのと同じ事じゃないの!」


「あははは!面白い冗談だな、優子。」


「冗談じゃなくて!あの子本気なのよ!」


「嘘だあ。」


「ほんとなんだってば!」


するとやっと本気になって悩みだした。


「うーん…。真行寺さんが相手じゃなあ…。加納ならどうにかならん事もないかもだけどなあ…。」


「だからっ。」


「まあ、どっち道相手にして貰えないんだから、傷は若い内の方がいいよ。」


やっぱりのほほんとしている。


「だからあ…。あの子の性格分かってるでしょう?長男のくせに意外と我儘で曲げないんだから…。荒れるの必至よ…。どうするのよ、もう…。」




亀一は龍介が聞いた範囲の事は黙って聞いていた。


「分かったか?」


「うん。納得した。成る程な。で、なんで急にそんな話教えてくれんだよ。加納先生の組織の話だけでなく、海外の部隊まであるなんて。」


「実はだな。龍介君には本当のお父さんが居るって話は優子から聞いただろ?」


「ああ、死んじまったんだろ?」


「ーと思ってたが、実は死んでなかったんだな、これが。」


「ーはあ?」


と死んだフリをしなければならなかった経緯の説明をする。


「ツー訳で、初めは加納が離婚だって言って、姫と龍介君を引き離そうとしたんだが、真行寺さんは加納が本当はそうしたくないのを感じ取って、なんか頭来たんだろうな。」


「龍みてえだな、その思考回路…。」


「そうだな。まあ、加納とは犬猿の仲だから、加納の作戦に乗るのが嫌ってのも大きいんだろうが。そんで、結局、あそこに一緒に住んで、護衛をやるらしい。」


「CIAは。」


「辞めるってさ。」


「でしずかちゃんとは。」


「あー…。」


「あ?」


「えー…。」


「あん!?はっきり言えよ!」


「まあ…未だに相思相愛のラブラブなので…。頃合い見て、加納とは離婚してヨリ戻すんだろうなと…。」


亀一は持っていた茶碗と箸をバンと置き、真っ青な顔で和臣を睨みつける様に見た。


「なんで!」


「なんでって、姫はずっと言ってたんだよ。いくら言われても、死体見ても、真行寺さんは生きてる様な気がしてしょうがない、時々凄く近くに居る様な気がするって、未だにに泣いてた位だしさあ…。あの2人には加納の図々しさでも割って入れない絆みたいなもんが…。」


亀一はガッと席を蹴って立ち上がった。


「絆だあ!?冗談じゃねえ!俺との約束はどうなるんだよ!」


「約束…?」


「そうだっ!」


亀一は和臣が呆然としている間に出て行ってしまった。


「亀一!?待ちなさい!?」


優子が止めに出ようとすると、黙って聞いていた拓也が優子のエプロンを引っ張って冷静な口調で言った。


「ほっときなよ、お母さん。お兄ちゃんなら大丈夫だよ。龍さんも居るし、しずかちゃんなら上手く鎮められるよ。お兄ちゃんがカッカ来た時は昔からお母さんよりしずかちゃんの方が落ち着かせられてたじゃない。」


「そうだけど、でも…。」


「大丈夫、大丈夫。所詮子供の現実離れした初恋なんだから、熱が冷めればケロっとするよ。」


優子と和臣は同時に同じ事を思った。


ーあんたいくつだあ!


拓也11歳、謎は多い。




亀一が加納家に駆け込むと、加納家も丁度夕飯時だった。

真行寺まで居て、和気藹々と食卓を囲んでいる。

龍彦は双子にもすっかり懐かれ、龍介とも楽しそうに語らい、龍太郎が居なかったら、本当にこの子達の父親の様である。


「しずかちゃん!」


「ーんっ!」


しずかがハンバーグを喉に詰まらせた。


「大丈夫?」


背中をさする龍彦が憎らしい。


「どおいう事!?俺との約束は!?」


「きいっちゃん…。」


しずかは直ぐに思い出した様子で席を立つと、亀一の前に立ち、亀一を見上げた。


「ごめんね…。龍彦さん生きてたの…。」


「生きてなかったら、本当に俺が18になったら結婚してくれた!?」


「うん。した。」


ずっこける龍太郎。


「じゃいい!」


そして、龍彦をいきなり指差し、殺気全開の目で睨み付けて怒鳴った。


「あんたが死んだらしずかちゃんは俺の物だ!」


龍彦は子供だからとバカにして笑う事も無く、殺気を帯びた目でニヤリと笑った。


「ほお。じゃあ、とんでもなく長生きしてやるぜ。」


なんだか突然負けた気がした。


ガックリ肩を落としてしまう亀一の手をしずかが心配そうに握った。


「ごめんね…。でも、私、その時が来たとしても、かなりのお婆ちゃんになってるよ?」


「しずかちゃんは年取ってもおばあちゃんになんかなんねえよ。」


「いや、なるのよ。妖怪じゃないんだから。」


「しずかちゃん…。」


「はあい?」


今度はじわじわ溢れ出す涙。


「きいっちゃん…。」


「酷いよお!年の差なんてどうにもなんねえじゃあーん!」


「ごめんね…。」


亀一はここまで走って来ながら、恐らく勝てっこないというのは分かり始めていた。

そんな深い繋がりの、長い歴史のある2人の間に、まだガキの亀一が入れる隙間は無いと。

龍彦を見て、加納家の子供達とも仲良くやっているのを見て、悔しいがそれは確信になった。

こうなったら、龍介にぶつけるしかない。


「龍!」


「へっ!?何!?」


「ちょっと来い!」


「俺、メシ…。」


「お前はメシと親友とどっちが大事なんだよ!」


「だってこのままハンバーグ残して行ったら、蜜柑に食われちまうじゃん…。」


竜朗が笑いながら龍介のハンバーグの皿を引き寄せた。


「爺ちゃんが死守しといてやるから行ってやんな。」


「ーはい…。」


龍介が今の亀一と話したくないのは、ハンバーグが理由では無かった。

失恋で傷心状態というのが全く理解できないからだ。

また子供だのなんだのとバカにされるか、怒られるのかと思うと、憂鬱なのである。


しかし亀一は、龍介の部屋に入ると、その事は言わず、逆に龍介に質問してきた。


「どうなんだ、あの真行寺とかいう奴。」


「どうって?」


「親父としてっていうか…。なんていうか…。」


「ーそうだな…。不思議な位話しやすいかな…。話しかけると、直ぐこっち向いてくれるし、1言うと、10分かってくれる感じがする。」


「お前、好き?あの人の事…。」


「うん。好き。」


「親父って認めたのか?」


「ーまあそうだね。」


「抵抗感とか無えのかよ。突然現れて、本当の親父だって言われて。」


「それがあんまり…。父さんから初めて父さん達がやってる事やその目的を聞いた時も、ショックはショックだったけど、色んな疑問が納得行って、逆にスッキリしたけど、それと同じ感じがした。」


「なんで?」


「誰にも似てねえこの顔とか、母さんが俺の顔見てて突然泣き出して、爺ちゃんがえらい慌てて母さん連れてくとか…。ポチが俺がここに居るのに、俺が帰って来たと勘違いして出て行こうとしたのとかも…。あの人が本当の父親で、時々うちの事見てたからだったんだなとかさ。」


「ふーん…。本当に大丈夫なのか?動揺していい話だぜ?」


「みんなにそう言われたけど、しねえんだよな…。あのさ…。父さんが開発頑張ってるせいで、家庭ないがしろにしてたのは、つまりは俺達の為だし、それは理解してるんだ。だからって父さんは家族を大事に思ってない訳じゃないってのも…。だけど、あの…。」


「いいよ。俺には。言ってみな。」


「寂しかったのかもしれない…。いつ話しかけても、パソコン画面から目を離さない父親じゃなくて、こっち見てくれる父親が欲しかった…。その理想、そのまんまだったんだ。あの人…。」


亀一は溜息をつくと笑った。


「そっか…。龍が幸せになるなら…、まあいいか。俺がお前の理想の父親になってやれるのはまだ先だしな。」


「諦め…ついた?よく分かんねえけど…。」


「まあ仕方ねえだろうな。取り敢えずは諦めとくぜ。」


「そっか…。」


ここで何か亀一を元気づける方策は無いかと考えた龍介だったが、土台亀一が嬉々として計画する事柄は、龍介の乗らない事ばかりだから、全く思いつかない。

無い知恵を絞り、やっと思いついたのは、真行寺の仕事の手伝いに誘う事だった。

亀一は乗った。


「いつから?」


「春休みから。」


「ん!手伝ってやる!」


「じゃあ、グランパに話しとく。」


「ぐ、ぐらんぱ?またエライ洋かぶれしちまったもんだな。爺ちゃんからグランパかよ。」


「爺ちゃんは爺ちゃんが自分で名乗ったし、グランパもグランパがそう呼べっつーんだよ。爺ちゃん呼ばわりは嫌なんだと。」


「意味同じじゃねえかよ。」


「まあそうなんだけど、本人がいいんならいいんじゃねえの?」


「はあ。面白い人だ。」


「いや、本当に。かなり面白い人だよ。EXILEしてたし…。」


「は?」


「いや、こっちの話。」


という訳で、一応元気になった亀一を連れて、真行寺に聞きに行くと、2つ返事でOKをくれた。


「じゃあさ、寅彦君も呼んでくれないか。あの子が居るとかなり便利だ。一々図書館に電話で確認したりせずに済むしな。」


という訳で、寅彦に聞いてみると、ノリノリでOKしたので、春休みから3人で、真行寺の仕事を手伝う事になった。













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