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龍介くんの日常  作者: 桐生初
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まさしく戦争

冬休みが終わり、龍介達の受験も無事合格で終わった2月の終わり。

明け方4時50分。

竜朗の寝室に甲高いキティちゃんの声が響き渡る。


「爺ちゃんおはようございまあす!にいににお稽古してあげてくださいね!爺ちゃんおはようございまあす!にいににお稽古してあげてくださいね!爺ちゃんおはようござ…。」


竜朗が時計に触るとやっと止まる。

蜜柑が攻撃ロボに改造してしまった金のアンティーク時計は、元通りの形になって戻っては来たものの、どういう訳か、竜朗の起床時刻になると、この様にキティちゃんが叫び出す様になってしまった。

どうやってもその目覚まし機能は無くす事が出来ず、竜朗は毎朝非常に複雑な思いで目を覚ましている。


虚ろな目で目覚まし代わりの煙草に火を点け、サイドテーブルの金時計を見つめる。


ーなんだってきっちーちゃんの声なんだかな…。蜜柑の声ならまだしも…。つーか、そこまでの技術力、どうしてこういう無駄な使い方すんのかね、あの子は…。ほんと、そういう所まで龍太郎に似やがって…。


また元に戻せと言っても、何か違う形になって戻って来るのは目に見えている。

竜朗は今朝も深いため息をついてベットから出た。


そして竜朗もやはり、キティちゃんの正式名称は知らない。




龍介の稽古をつけ終え、道場を出ると、雪がちらついていた。


「どうりで冷えると思ったぜ。」


「積もるかな。」


龍介は子供らしくニヤニヤしながら期待に満ちた目で雪を見ている。

そんな龍介が可愛くて頭を撫でながら竜朗も微笑んだ。


「やんのかい?アレ。」


「うん。今年は佐々木に拓也まで入って人数増えるから、迫力満点だぜ?」


「んじゃ爺ちゃんも見に行こっかなあ。」


「うん!おいでおいで!」


嬉しそうに言う龍介がまた可愛くなって頭を撫でながらそのまま抱っこ!

もうメロメロである。


そんな事をやっていて、なかなか母屋に戻らないので、しずかが寒そうに身を縮ませて母屋から覗いた。


「ご飯ー。冷めちゃうよおー?」


「はーい。今行くー。」




雪は予想以上に降り積もり、午後にはバッチリ積もっていた。

龍介がメールを一斉配信し、指定した公園には元気そうな拓也も含めた6人が集結した。


「いつも言うけど、きいっちゃんと龍は別のチームにしてよ?2人共、策略家なんだから。」


朱雀が言うと、1人訳が分からない悟が朱雀のダウンの袖を引っ張った。


「あの…。何をするの…?」


「あ、ああ、ごめんね、佐々木君。龍ったらアレとしか書いてないもんね。雪合戦だよ。」


「おお。成る程。じゃ、僕長岡のチーム入る。」


「へえ。なんでだ。」


「加納の首を獲る為に決まってるだろう…。」


「獲れるかあ?龍だぜ?」


亀一があっさり言うと、ドヨドヨオーラ全開で迫った。


「獲らなきゃ気が済まないでしょうよ…。あの坊ちゃんのお陰で、唐沢さんにまで変態扱いをされ、僕が唐沢さんに近寄るだけで、加納が唐沢さんを呼んだりして近付けなくなっちゃったんだよ…。残り少ない小学校生活真っ暗になっちゃったじゃないか。どおしてくれるんだ…。」


「そ、それは可哀想に…。まあ、頑張りなさい…。」


そして気を取り直して全員に言う。


「今日は加納先生もギャラリーでおいでだし、張り切っていこう。そんじゃ、佐々木が俺んとこなら、拓也は龍のとこな。腕力配分で行くと、朱雀はこっち、寅が龍んとこ。ルールはいつも通り。玉は雪だけ。石など入れない。大将首獲ったら勝ち。味方の残り人数関係無し。開始は2時半。」


亀一の指示で別れ、龍介が盾にする為のバリケードを雪で作る様に言うと、拓也が亀一の目を盗んで、リュックからペットボトルを出した。


「龍さん、これ使いましょう。」


「ーん?」


「バリケードが出来上がったら、かけてみて下さい。ガッチガチに固まります。」


「ああ、水か。考えたな。」


この気温なら水も直ぐに凍り、確かに雪の壁はガチガチになるかもしれない。


「まあ、水にしか見えませんけどね。フフ。」


可愛い顔台無しの邪悪な微笑み…。


「た、拓也…?」


「大丈夫。お兄ちゃんには秘密にしてあります。そう、これは水です。」


「ほ、ほんとか…?」


「ほんとです。」


どうも怪しいが、匂いも無いし、水にしか見えないので、使ってみると、雪が岩の様にガッチガチに固まった。


「拓也…。これ本当に水か…?」


「はい。水ですよ。ほらほら龍さん、そろそろ時間です。」


「う、うん…。」


2時半、亀一の開始と言う声と共に、壮絶な雪合戦が始まった。

まず玉の飛ぶ速さが普通の子供の雪合戦の速さでは無い。

凄まじい速度で飛び交う雪玉。

まさしく合戦である。

拓也は、投球に力は無いが、かなり的確だ。


「拓也、向こうのバリケード狙え。一点にずっと当ててたら崩れるだろ。」


「はい、隊長。」


寅彦は投球の的確さと強さを丁度よく兼ね備えているので、引き続き時々飛び出て来る悟や朱雀を狙わせる。

しかし、亀一軍も負けていない。

朱雀はボウガンで鍛えた百発百中能力とすばしっこさで隙を窺い龍介を狙って来るし、悟も意外とすばしっこく、投球もまあまあだ。

朱雀を狙って投げようとすると、悟の連発弾が飛んで来る。


「案外佐々木が厄介だな。寅、佐々木から落とそう。」


「了解。」


龍介がパッと出る事により、浮足立つ悟を狙って寅彦が投げる。

朱雀が隙を突こうとするが、龍介の連発弾が悟と朱雀を狙って別方向に向かって放たれ、朱雀の狙いが狂い、悟撃沈。


「んー、きいっちゃん出て来ねえが…。拓也、いいね。そろそろだ。」


「はい。」


ニヤリと笑う拓也。

因みにこっちのバリケードは亀一が狙っているようだが、ビクともしていない。

一方、亀一軍のバリケードはそろそろ落ち始めている。


「やべっ。なんだ、うちの弟は。エライ的確に同じ所撃ってきやがんな。朱雀、俺はバリケード補強に回るから、気を付けろよ?」


しかし、亀一軍のバリケードは努力も虚しく崩れ始める。

朱雀が一瞬バリケードに気を取られた瞬間、龍介の豪速球が飛んできて朱雀も脱落。


「良し!一気に行け!」


龍介の号令で怒涛の様に雪玉を亀一目掛けて投げつけ、亀一の1人きりの抵抗も虚しく、亀一将軍敗北。


「ところで、龍のとこのバリケードはなんなんだ?」


「水かけて固めたんだよ。拓也の発案で。」


「水?」


亀一は龍介軍のバリケードを蹴ってみた。

ところが、バリケードはビクともしないばかりか、亀一は蹴ったつま先が相当痛かったらしく、爪先を両手で押さえて、飛び跳ねている。


「拓也!なんだこれは!」


「瞬時に水っぽい物ならなんでも固まらせる魔法の水だよ、お兄ちゃん。どう?僕の発明品。」


「お前は元気になったと思ったら、ロクな事しねえな!」


「またまたー。自軍に僕が居たら、良くやったって言うくせにー。お兄ちゃん黒いんだからあ。」


それは言えてる。

龍介は苦笑しながら言った。


「まあ一応、ハンデ無しって事で、今度は普通のバリケードでやろ、拓也。」


「はあーい。」


見ていた竜朗が大受けしている横に瑠璃と風香が立っている。


「加納君のお爺様…。みんな何してるんですか?戦争?」


「雪合戦だよ。殆ど戦争だけどな。」


瑠璃を見つけた悟が声を掛ける。


「唐沢さん!一緒にやる!?」


直ぐに乗る亀一と朱雀。


「おう!入れ!唐沢は龍んとこな!高杉は俺のトコ来い!」


悟が亀一のダウンを引っ張る。


「だからどおして長岡までそうやって唐沢さんと加納をくっつけたがるんだよ!僕が誤解されてんのはどうしてくれんの!?」


「大丈夫だよ、唐沢は誤解してねえよ。色々面倒だから、龍の誤解に乗っかってるだけだろ。俺は龍につがいを充がいてえんだって何回言ったらわかんだよ。」


「だからなんでつがいを充がいたいんだかが分からないんだってば!」


「いいから!」


という訳で、風香は亀一軍に入り、瑠璃は龍介軍に入って、再びバリケードを作る時間を設け、第2戦に突入。

龍介軍はもう普通のバリケードだが、人の隙を突くのが異様な程上手い拓也の攻撃と、間弾なく繰り出される寅彦の豪速球に加え、龍介の180度目が付いているのかと思う様なあっちこっちに同時に投げられる豪速球の連発弾に翻弄され、亀一軍は手も足出ない膠着状態に追い込まれた。

しかも、龍介軍の弾は尽きる事がない。

亀一が観察していると、瑠璃は時々投げに出て来るが、当たらない様に、龍介が隠してやりながらになっている。


ーこれは唐沢が弾の補給係になってんな…。しかも時々バリケードまで直してる…。


「高杉、お前、弾作りに専念しろ。んでバリケードも補強しろ。」


風香はジロリと亀一を見た。


「何言ってんの。あんたの首取られたら、何人残ってようが負けなんでしょ。あんたが隠れて弾作り続けて、バリケード補強すりゃあいいじゃないのよ。」


朱雀と悟が吹き出した。

至極尤もである。


仕方なく亀一は、コンチクショウとばかりに弾作りに精を出し始めた。

お陰で、相当固い玉に仕上がっている。

そして、チラチラと、龍介軍を見ていて、もう一つの事実に気がついた。

龍介は竜朗に小さい時から、女の子は大切にと言われているせいか、兎に角瑠璃を庇う。

大体、将軍の癖に、自分を盾にして瑠璃に投げさせる辺りからして相当な過保護だ。

それに、風香の事も狙わないし、仲間にも狙わせていない。

隙だらけでバリケードから出てしまっても、風香に弾は全く飛んで来ない。


ーこれは一か八かやってみる価値はありそうだな…。


「佐々木、突入するぞ。俺の盾になれ。朱雀と高杉は援護頼む。」


「はーい。」


「ちょっとお!?なんで僕が長岡の盾なのお!?」


「龍の首獲るんだろ?」


そしてコソコソと風香と朱雀に指示を出す。


「いいか?唐沢狙え。」


「え?なんで?きいっちゃん。補給係だから?」


「違う。ジェントルマンを気取ってる龍は唐沢が狙われたら、絶対に飛び出して来る。そこが狙い目だ。いいな?」


悟を盾にした亀一が飛び出してきて、龍介軍の猛攻撃が始まると同時に、チラッと顔を覗かせた瑠璃を朱雀の弾が捉えた。

そして悟の脱落と同時に、龍介が瑠璃を庇って前に出て来た所で、亀一がすかさず瑠璃を狙った連発弾を放ち、龍介は背中に弾をモロに受け、雪の上にうつ伏せで大の字になって倒れた。


勝利に歓喜する亀一軍。

しかし、雪だらけでムクッと起き上がった龍介に睨まれる亀一。


「きいっちゃん!こんな痛え玉、唐沢に当たったらどうするつもりだったんだよ!」


「紳士な加納君が庇うから当たらねえだろ。」


「それ計算に入れたのかあ!」


「それが戦術というものだよ、龍介君。」


「かああー!きったねえ!」


例によって2人が取っ組み合いになりそうになった所で、瑠璃が龍介が倒れていた人型を指差して言った。


「見てこれ!素晴らしい人型よ!風香ちゃん!写真撮らないと!」


「わあ!ほんとだ!」


揉める機会を失った2人。

竜朗を含めた他の男の子達に笑われ、しばらく呆然と、龍介型を写真に収める2人の少女を見ていた。


「面白かったぜ。迫力満点だし、亀一兄弟は黒いし。じゃ、先帰るな。みんな後で寄りな。」


竜朗が帰って行き、8人で雪だるまを作って、記念写真を撮り、女の子達と別れ、龍介達は加納家に行った。


加納家で、身も心も温まるココアを貰っていると、亀一がしみじみと拓也を見ながら言った。


「全く…。お前は本当に…。末恐ろしいよ。」


それを聞いた拓也を含めた全員が吹き出した。


「何言ってんだ、きいっちゃん。あんたやうちの蜜柑の方が余程末恐ろしいよ。」


「龍、んな事は無いぞ?あんなもん作っちまうわ、真っ黒だわ…。」


「それ両方共、きいっちゃんが言う資格無いと思うよ?」


確かにそれはそうなので、朱雀にまで言われると、亀一は返す言葉も無い。


「いいじゃん。元気になって、いたずら出来るようになったんだから。」


龍介が頭を撫でると、拓也は嬉しそうに笑った。


「僕、化学式が大好きなんです。だから、寝てる時、ずっと考えてて、元気になったら作ってみようと思ってたんです。」


「そっか。良かったな。」


「はい。」


「龍は昔から拓也に甘い…。」


しかし、悟はそれとは別の事に気が付いていた。

多分、龍介は拓也が生まれた時からの知り合いで、亀一との関係から行っても、他の2人に比べ、拓也との関係性は深そうだ。

にしても…と思う。

拓也はやたらと龍介にくっ付き、龍介に頭を撫でられただけで、もの凄く嬉しそうで、嬉しいを通り越してうっとりとしているようにすら見える。

まさかと思いながら、朱雀に聞こうかと朱雀を見ると、朱雀も同じ様な疑惑のまなこで拓也を見ていた。


「柏木…。拓也君てさ…。」


「うん。佐々木君も気付いた?龍ラブだよねっ。」


「やっぱ、そう…?それってもしかして…。」


「うん!唐沢さんのライバル出現だ!しかも唐沢さんより一緒にいる時間が長い!どうしよう!」


「か、柏木…。なんか心配する所が違うと思うんだけど…。」


「うーん、これは強敵だ!どうしようかな!」


ーどうしてこいつらは普通の感覚ってものが無いんだあー!


悟の苦悩は今後も続く。



















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