戦塵
戦塵
フルネームを忘れたと言ったのはもちろん嘘だ。
佐竹次郎義宣――――――鬼佐竹と名高い佐竹義重の嫡男。
源八幡太郎義家の弟である新羅三郎義光の孫・昌義を初代とする正統な源氏の流れである佐竹氏は、甲斐の武田とも並ぶ源氏の名族として知られていた。
それはさておき、一芯が抱く佐竹善宜の印象と言えば。
(トータルして有能なお坊ちゃん)
これに尽きた。
愉快ではないが認めざるを得ない実績が彼にはある。
そして愉快でないと言うならば。
「タイムリー過ぎるんだよねえ。どうして君が今、京都にいるんだろうね?」
不思議不思議、と冷たい瞳のままで笑う。
「さても奇妙なことよな?」
左こめかみをとん、とん、と人差し指で突いて嗤う金髪の少年。
禁欲的な灰色の詰襟と対を成すような日輪の色だ。
顔立ちも相まって、今生の善宜の外見は、地味メンを自覚する一芯には小癪に感じられた。
苛立ちをへらりとした笑顔で覆う。
「その髪で武家口調って受けるしー。…僕の来京を洩らすような身内はいない。とすれば考えられるニュースソースは一つだ」
「なあ、伊達の獣。我らが語るは剣を以てすれば良かろうよ」
義宜が嘲弄と挑発を兼ねて口端を吊り上げる。
一芯は醒めた目でそれを見ていた。
(―――――やってくれるな、信長公)
一芯の動向を、嘗て彼と敵対していた勢力に流し、噛み合わせる。
敵の敵を利用することで自らは労せず伊達の戦力を削ごうという算段だ。
しかしそれに思い至り、実行出来る器をどれほどの男が持ち得るか。
竜軌の策は成ったが、一芯の対抗心の火に油を注ぎもした。
(魔王め…)
目の前の少年ではなく、赤と黒の苛烈な印象を持つ男にぞくりとするような戦慄を覚える。
鮮やかな手腕が腹立たしくも喜ばしいのはなぜだろう。
笑みそうになる唇を一芯は動かす。
「貴様は城普請でもやっておれば良いのだ、戦国ゼネコン」
「口調が変わったな、〝弟殺し〟」
ここで両者の間に確たる殺気が生じた。
〝弟殺し〟
その謗りを受けて一芯の左目が色を変える。
記憶の奥底の水面を揺らめかされた。不穏と悲しみに。
右手を掲げて神器を静かな声で呼ぶ。
「論。薫る……」
応じて現れる、青い柄の長刀。
「国宗。共に歩もうぞ」
勇ましい義宜の声に呼び出されたのは脇差。
それを眇めた左目で見遣り、一芯は呟く。
「予期せず刃をかわさねば済まぬは下策の極まりなり。物憂いことだな」
鞘走らせ、白刃の輝きをこぼした一芯の面には和みの欠片も無い。
そこに在るのは少年の姿を象った古の武士。
奥州に覇を唱えた竜だった。




