墓参
久しぶりの本編です。
場面は竜軌と美羽が新幹線京都駅に降り立ったところから始まります。
墓参
京の底冷え、と称されるように、冬の京都は美羽の手をかじかませた。
気付いた竜軌が右手を握ってやる。
美羽は慌てて引っ込めようとしたが遅く、捕らえられてしまった。
たちまち右手の平がじんわり熱を持つ。
「石塀小路あたりは道が狭いからな。東大路通りの東山安井近くまでタクシーで行く」
説明する竜軌に頷く。
京都駅前にはバス停が設置された通路が何本も伸び、人の列もひしめいている。
金閣寺などのメジャーな観光地行きが多いようだ。
竜軌は美羽の手を引いてその喧噪から遠ざかり、右手を挙げてタクシーを止めた。
新庄邸から持って来た菊の花束はまだ元気なようだ。
美羽はホッとしながらタクシーに乗り込む。
(京都駅って面白い形)
発車したタクシーのリアガラスを見つめる美羽が何を考えているのか竜軌には解るようで、笑みをこぼしている。
「お帰りなさいませ、信長公」
タクシーの運転手の台詞に、美羽はきょとんとした。
(しんちょうこうって何?)
竜軌は当然のように返事をする。
「ああ」
「そちらは奥方様どすか?」
「そうだ」
「そうどすかぁ」
白髪の運転手はルームミラーから美羽の顔を覗き込むとにっこり笑った。
東山安井の手前でタクシーを降りてすぐ、美羽は竜軌と繋いだ右手を引っ張った。
「りゅうき、」
「さっきのか?」
こくこく、と美羽が頷く。
美羽の手を引いて歩きながら、竜軌が語る。
「京都は特殊な土地柄でな。磁場があると言うか。前生を憶えている人間が他所より多い。俺が誰だったか判る奴も。それで俺は前生では多少、京都に恩を売ったから、嫌われてない。そんなとこか」
そう聴くと何だか竜軌がとても偉い人間だったようだ。
美羽は大島紬の上にベージュのコートを着た竜軌の横顔を見た。
その目が不意に自分を向いてドキリとする。
「草履は歩き慣れんだろう。歩くのがきつくなったらすぐに言えよ」
これにも美羽はこくこく、と頷いた。
首に巻かれたふわふわのミンクの襟巻が温かい。
すれ違う人たちが自分と竜軌を見ているのが判る。
今日は竜軌に貰った紅を少しだけ、塗っている。
見る人にお似合いのカップルだと思われたい。
「美羽」
呼ぶ竜軌の声は少し硬い。
「朝林家の菩提寺に行けば、お前は世の厳しさをまた一つ、知ることになるだろう。醜さと言い換えても良い。だが、俺が傍にいる。忘れるな」
美羽は竜軌から目を逸らさず、深く顎を引いた。
世の厳しさも醜さも、竜軌がいるのなら耐えられる。
風情ある、けれど草履では歩き辛い石塀小路を抜けて、竜軌が導いたのは浄土真宗の小さな寺だった。
砂利道を鳴らしながら敷居を跨ぐ。
境内に設えられたつくばいの水には赤い椿の花が浮いている。
静謐で、小鳥の声が時折聴こえる。
こんなところに世の厳しさ、醜さがあるのだろうか?
墓地の中で、竜軌が歩みを止めた。
「…ここだ」
朝林家の墓は襲撃を受けていた。
墓石はあちこちが欠け、「ストーカー」「変態」などと御影石に落書きがある。
衝撃を受けた美羽は、見開いたままの目で竜軌を見上げた。
「今の世は被害者にも加害者にも厳しい。特に京都は人品を噂で測ることが多い土地柄だ。朝林は教授の地位にありながらストーキング行為をし、殺害未遂まで犯した。現状、朝林は行方不明ということになっているが、あいつの親族はいたたまれない思いをしてほとんどが京を離れている。実家にもこうした被害はあっただろう。…墓石さえ、貶めようとする輩もいる」
美羽は竜軌のコートの胸を両手で掴んだ。
「ど、て、…」
「待て、美羽。筆談してくれ」
宥められ、何とか黒いビロードのバッグからメモ帳とペンを取り出す。
〝お兄さんに、嫌な目にあわされたのは私だわ、刺されたのは竜軌でしょう!?どうして関係ない人たちがお兄さんの家族に嫌がらせするのよ!〟
「犯罪者や、それに連なる者はどんな目に遭おうとそれが報いだ。そんな考え方がある」
〝お墓とか、こんな風になってるだろうって、わかってたのね?〟
「ああ。お前に見せたものか悩んだが。…知っておいたほうが良いかと思った。俺の勝手かもしれん」
美羽はぶんぶん、とかぶりを振った。
それから水を汲んで来て墓石の汚れを落とし、菊の花を供えた。
竜軌も一緒になって手伝ってくれた。
切れそうに冷たい水に触れるのを、躊躇わず。
スプレーで書かれたらしい落書きは落ちなかったけれど、出来るだけのことをした。
「…りゅうき、だいすき」
墓前で手を合わせたあと、竜軌に感謝の念を込めて美羽は言った。
竜軌は優しく笑ってくれた。
広い世界を知る人の表情だった。




