58話 辛い罰を
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ぴちゃん、ぴちゃん。
光の届かない地下にある、電灯一つが灯る、薄暗い牢獄。天井から滴り落ちる水滴から、地上では雨が降っているのかと推測出来る程度しか外の様子は分からず、部屋の扉は頑丈に何重も施錠され、外に出ることは出来ない。
両足には足枷が付けられ、動くことも億劫だった。
「――ああ、良かった。ちゃんと生きていますね」
ここに連れて来られて以来、開かなかった扉が開いたと思ったら、現れたのは、自分の夫にしようと企んでいた、綺麗な顔をした男だった。
「フェルナンド様、一体、これは何のおつもりですの?」
あの時――聖女に封印され、また長い眠りにつくと思っていたのに、私は封印されなかった。かわりに、こんな薄暗くて窮屈で汚い部屋に足枷を付けられ、自由を封じられて閉じ込められた。
(闇の魔法さえ使えれば、こんな物、すぐに壊して、ここから逃げ出しますのに)
聖女――ティアは、私ではなく、闇の魔法だけを私から取り上げ、器に封印した。
こんなことをされる意味が分からない。負けを認めたのですから、さっさと私ごと封印すればよろしいのに。
「何のつもり? 分かりませんか?」
「全く分かりませんわぁ。こんな意味不明なことは止めて、さっさと終わりにして下さいませ」
「終わりとは、封印のことですか?」
「そうです、それで、少なくとも貴方達の時代は平和に過ぎますわよ。後のことは、死んでしまう貴方達には関係のないことでしょう?」
唯一、この部屋に用意された古びた椅子に膝を組み、座る。
不老不死の力を持たない人間は、いつかは死んでしまう。自分達が生きている間さえ幸せなら、後世の人間がどうなろうが、関係無い。
それが闇の魔女の考えで、人間達も皆、同じことを考えているものだと、思っていた。
「冗談は止めて下さい、何回も何回も、貴女に世の中を滅茶苦茶にされたら溜まったものじゃありません」
自分さえ良ければいい、と、満足していればいいのに、これだから、欲深い人間は嫌いですわぁ。他人の不幸なんて、無視していればいいのに。
「では、反省しました、とでも口に出せば満足されますの? お望みなら幾らでも言って差し上げますわよ」
「貴女は反省なんてしないでしょう? 何も悪いことをしていると思っていないのですから」
「まぁ、私のことをよくご存知なんですね。やっぱりフェルナンド様とは気が合うのかしら。今からでも遅くはありませんわ、リーゼ様ではなく、私を妻にして下さいませ」
「寝言は寝て言って下さい」
「ふふ、残念ですわぁ」
私が封印から解かれると、必ずと言っていいほど現れる聖女。
悔しいことに、どの時代の聖女も、必ず、私より強い力を持って産まれるから、最終的に負けて封印されるのが、一連の流れだった。私はただ、その間をどれだけ楽しく、どれだけ自分の理想の世界に近付けるか、いつか、聖女に勝てる日が来るのを楽しみにしながら、永遠の時を過ごしていた。
封印されるのは退屈だけど、暗闇の中、次に目を覚めたら何をしよう、今度は、どんな絶望に満ちた目が見られるだろう、そう考える時間は、嫌いじゃなかった。
何度も繰り返されるうち、慣れてしまっていた。今回もまた、聖女との戦いに負け、眠りにつくのだと、そう、思い込んでいた。
「俺が貴女をただ封印するだけで、気が済むと思いますか?」
「は、い?」
「ジークに、俺の大切な妻を襲うよう、命令したそうですね」
「っ!」
ただの人間のはずなのに、その笑みはまるで悪魔のようで、怖い、素直にそう思った。
「リーゼの機転で未遂に終わったようですが、それこそ、貴女に操られ不幸になった人の中には、未遂に終わらず、実際に襲われた相手もいたでしょう。他にも、操られ、大切な人を裏切った人、盗みを働いた人、人を殺めてしまった人、何人が貴女によって、不幸に落とされたんでしょうね」
「……そんなの知りませんわ。不幸になった人間は、ただ弱かっただけでしょう? 私と違い、特別ではない人間がどうなろうが、私の知ったことではありませんわぁ。寧ろ、私の暇つぶしに役に立ったのですから、光栄に思って欲しいくらいです」
私は闇の魔女、特別な存在なんです。なのに、どうして私が、たかが人間如きに気を回さないといけませんの?
「――そうですね、貴女はとても酷い魔女です。再確認出来て良かった、これで心置きなく、貴女に苦しみを与えてあげれます」
「……は? 苦しみ? 何ですの、それ――」
疑問を問う前に、閉められていた頑丈な扉が、再度、大きな音を立てて開いた。
そのまま中に入って来たのは、無精髭を生やした、くたびれたおじさんと、肌を露出した派手な格好の女だった。
閉じ込められて数日、誰も足を踏み入れなかったのに、今日は随分、面会者が多いことね。
「この方々に見覚えはありませんか?」
「ありませんわ。何ですの? このみすぼらしい方々は」
貴族には見えない、平民の中でも底辺に見えるような、薄汚れた布一枚の服を着た男に、どう見ても娼婦勤めな女。こんな下賤な人達、私が頭の片隅にでも留めておくわけがないじゃない。




