53話 結婚生活一年目
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ティアの体調は、あれから少しして、元に戻った。
だけど、聖女が倒れていた間に大地の汚染は広がってしまって、ロスナイ教会の宴に参加するどころではなくなり、開催は未定で延期されることになった。
聖女の体調を崩した原因となったシェリ様は、キングス侯爵家から勘当され、父親の手に寄って厳しい環境に送り込まれ、これが原因で、キングス侯爵自身も立場が悪くなり、近々、爵位が落とされるやらなんやらとの話を聞いた。
ロスナイ教会は聖女の活動を妨害した全ての罪をキングス侯爵家に押し付け、自分達は指示に従っただけと、関与を否定した。
その際、あの自分本位なシェリ様が怖いくらい、ユニバーサル様を擁護するように、『私がキングス侯爵家の寄付金を盾に脅して、聖女を連れて来い』と、命令したと証言した。その目は生気が宿っていない虚ろな目をしていたけど、闇の魔女の存在を知らない誰もが、ユニバーサル様の仕業だとは思わなかった。
聖女は弱り、大地の汚染も広がり、フェルナンド様を手に入れるための罠も仕掛けた。ユニバーサル様は全てが自分の思惑通りになって、大層、満足だったことでしょう。
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結婚生活一年目――
(……あれからもう、一年か)
私室にて、見慣れてしまった窓の外を眺めながら、思う。
短いような長いような結婚生活。こんなに結婚生活を長引かせる気はなかったのに、気付けば、ずっとここにいる。
皆が寝静まった深夜、前もって帰宅時間を執事のミセスに聞いて知っていた私は、部屋を出て、慣れた廊下を歩き、フェルナンド様の部屋の前に着いた。
「フェルナンド様、起きていますか?」
部屋の扉を数回ノックすると、フェルナンド様は扉を開けた。
「……リーゼ? 珍しいですね、貴女が俺の部屋に来るのは」
いつもはフェルナンド様が私の部屋に来るから、こうしてフェルナンド様の部屋に来るのは、風邪の時以来になる。
「夜遅くにごめんなさい、ちょっと話がしたかったんです」
「話?」
「迷惑なら明日でも大丈夫ですよ」
今日、話そうと思ったのは、ここ最近フェルナンド様が忙しくて、二人っきりになる時間が取れなかったからだ。絶対に今日じゃなくてはいけない理由は無い、今日が駄目なら明日、明後日でも、話を聞いてくれるならいい。
「いいえ、歓迎しますよ、どうぞ」
扉を開き、中に入るよう促されたので、私は素直に従い、中に入った。
「お邪魔します」
こうやって部屋に招き入れられると、なんだか、最初に部屋に訪れた日が、懐かしく感じた。
「フェルナンド様、お疲れですね」
「そうですね、最近は聖女の活動よりも、皇宮での雑務の方が面倒で疲れます」
「あはは」
一時期、ティアが倒れたことで大地の汚染が広がり、大変なことになっていたが、回復したティアは、凄い勢いで闇の汚染を食い止め、次から次へと、大地を癒した。
その力は素晴らしく、今までは一週間以上掛かっていた大地への癒しは、ティアがその場に足を踏み入れただけで効果を現わすようになり、今では、ほぼ全ての汚染された土地が癒されていた。
「そう言えば、ロスナイ教会が宴の開催を、一週間後に指定してきましたよ」
「そうですか」
こうなって初めて、ロスナイ教会は焦ったように、聖女の宴の開催を催促してきた。
「今度はジークにも、宴に参加して欲しいそうです」
「ジークにも? あれだけ、平民が足を踏み入れるのを嫌がっていたのに?」
「ええ、聖女の大切な人であり、グリフィン公爵夫人と親しくしている相手ならば、宴に参加するのに相応しいので、是非、参加して欲しいと招待状には書かれています」
何ともわざとらしい理由。それなら、以前ロスナイ教会に行った時から、宴への参加は認められていたでしょうに。
(どうせ、ジークが命令を実行し、本当に私を襲ったかを確かめたいだけでしょ)
闇の魔女は人を操れはするけど、千里眼の力は持たない。
だから、操られた人が本当に命令を実行したか、確認するためには、その目で確認する必要がある。それもあって、本来、闇の魔女は目の前で人を操ることが多いのだが、今回はフェルナンド様の力も働き、私達を教会に留めておくことが出来なかった。
ユニバーサル様の思惑通りに事が進んでいれば、私達は今頃、ボロボロだった。
ユニバーサル様はさぞかし、戸惑ったでしょうね。このまま、聖女の力は弱まると思っていたのに、聖女は順調に回復し、想像以上に力を増幅しているんだから。
「で? そろそろ、貴女とジークが何の悪巧みを企んでいるのか、教えて下さるんですか?」
「悪巧み、は、語弊があります。私は、この世界のためになることしかしていません」
「随分、大きくでましたね」
「事実ですから」
ここ最近の私の行動を考えれば、フェルナンド様が不審がるのも仕方がない。今の私とジークは、ティアの聖女の活動に参加しつつ、淡々と目的のための行動を果たしていたから。




