52話 絶対に許さない
◇◇◇
場所を最初の目的地、庭園に移すと、ジークからは、土下座の勢いで頭を下げられた。
「本当に、本当に、何てお詫びをしたらいいか分からない……ごめん、リーゼ」
「大丈夫だから! 操られてたって知ってるし、ジークは悪くないから!」
焦って、土下座を止める。
人払いを済ませてあるとはいえ、どこからでも私達の様子が見える、見晴らしの良い場所にテーブルを用意しているので、ジークが私に土下座していることが、周りにバレバレなの!
最悪、ティアの部屋からでも、窓を覗いてたら見えるからね!?
(こんな光景をフェルナンド様やティアに見られたら、なんて言い訳すればいいか……!)
「操られたって言っても、僕がしたことには変わりはないよ」
「大丈夫! ほら、未遂だったし、えーーーーっと、実は、転生前の私の世界では、キスくらい、挨拶でしちゃう国があったんだよね!」
「そう――なのか? そんな国が?」
「そう、そうなの!」
正確には、頬っぺにチューとかだったような気もするし、私に経験はないけど、こうでも言わないと、ジークが一生、後悔しそう!
「少し、体にも触れたけど……」
「ジーク、お願い、もう忘れて。私も忘れるから」
頼むから、思い出させないで欲しい。
「何で、急に正気に戻ったの?」
「分からない、でも、意識を取り戻したのは……リーゼとキスした後だと思う」
「……キス?」
唇に触れてはみたけど、特に変わったことは無いと思う。
「分からないけど、以前、ティアとキスしたら、闇の魔女の魔法にかからないって言ってただろ? もしかして、リーゼのキスにも、そんな力があるのか?」
「無い無い無い! 絶対に無い! 私、ただの当て馬的モブ悪女だもの!」
そんな序盤で追放されるような悪女に、貴重な力を与えるわけない! 聖女でも、ないのに――
「……もしかして、ティアとキスしたから? だから、聖女の力が働いたの?」
小説には描かれてなかったけど、それ以外に、思い付くことがない! 聖女のキスは、キスした相手も、闇の魔女の力を解けるってこと?
接触感染みたい、と、思ったのは内緒だけど、それが事実なら、ティアとキスしといて良かったーー!
「……そうか、あの時は、リーゼがまた暴走してる、って見守ってたけど」
「おい」
「僕は、闇の魔女の恐ろしさを、何も分かってなかったんだな。もし、リーゼがティアとキスしていなかったらと思うと……」
最悪の結末しか待っていなくて、背筋が凍る。
「! リーゼ、最近、フェルナンド様とキスした!?」
「へ? な、何でそんなこと聞くの!?」
「フェルナンド様が操られるのが、一番怖いよ!」
「心配しなくても、フェルナンド様はティアから直接――」
「その押し問答はもういいから、答えて!」
「し、した……よ。馬車の中でもしたし、夜も……」
「そう、良かった」
追加で恥ずかしめを受けた気がするんだけど、何これ?
「例えキスしてなくても、フェルナンド様は簡単に操られたりしないよ。闇の魔女は、人の心の弱みや悪意に付け込んで、操るんだもの」
だから闇の魔女は、大地を汚染して、人の心を弱らせようとしている。教会にいるのも、向こうから悩みを背負って来てくれる、都合のいい場所だからだろう。
フェルナンド様は強い方だし、闇の魔女が操れる相手じゃない。
「……もしかして闇の魔女は、フェルナンド様の心を弱らせるために、リーゼを傷付けることにしたんじゃないか?」
「……え」
「闇の魔女にとって、フェルナンド様ほど権力も人望も力もある方は、喉から手が出るほど、手に入れたいんじゃないかな」
私を利用して、フェルナンド様を操ろうとしてたってこと?
(確かに、闇の魔女は別れ際に、私に……)
『リーゼ様が羨ましいですわぁ、あんな旦那様がいらっしゃったら、さぞ、心強いですよねぇ。私も、あんな素敵な旦那様が欲しいものです。もし離婚するようなことがありましたら、私に、下さいませんか?』
旦那様にしようと、してたってこと――――?
「有り得ない!」
「リ、リーゼ?」
折角、私が解放しようと頑張ってるのに、また、フェルナンド様の意思を無視して操って、無理矢理、結婚させようとしたの!? そんなの、絶対に許さない!
「ユニバーサル様は、調子に乗り過ぎました!」
「う、うん。そう思うけど」
私達を傷付けるために選んだ手段も、目的も、全部、許さない!
「フェルナンド様とティアの恋物語や、話の道筋とかあるし、今までは掟破りなことはしないようにしてたけど、こうなったらもう、手段は選ばない! 小説の読者を怒らせたこと、後悔させてやるんだから!」
私はこの小説の結末まで、全てを読んで知っている。
それは即ち、私は、闇の魔女の弱点も性格も、封印の仕方も、全てを知ってるのよ?
(本当はティアとフェルナンド様が力を合わせて見付けていくものだけど、そんなの知らない!)
「……リーゼ、あんまりやり過ぎると、フェルナンド様に不審に思われる気がするけど……」
「ジークも手伝ってね。ジークだって、許せないでしょ?」
「それは……そうだね」
最初、私を止めようとしたジークも、少し考えて、頷いた。
(絶対に許さない! 覚悟していなさい、死ぬほど辛い苦痛を与えてあげるから!)




