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離婚しましょう、私達  作者: 光子
離婚しましょう
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51話 人を操る力

 


 グリフィン公爵邸でジークの為に用意された、客室。

 ジークがこうやってグリフィン公爵邸に泊まるのは、もう何度もあることなので、専属になりつつある部屋。


 ジークが忘れ物を取りに行くのを、私はただ、部屋の前で待つつもりだった。


「――ごめんね、リーゼ」

「――え?」


 耳に聞こえた謝罪の言葉に、後ろから伸びた手。

 そのまま引っ張られたと思うと、部屋の中に引きずり込まれた。


 ガチャリと鍵を閉められた時、何かがおかしい、と、理解して、でも、気付いた時には、もう遅かった。


「ジーク!?」


 背後から強く体を抱き締められる。この状況が、死ぬほど信じられない。


「抵抗しないで、そしたら、リーゼを傷付けなくてすむから」


 すぐ首筋で聞こえる声に、触れられる手に、体が震える。


「やっ」


(ジークが、こんなことするはずない! もしかして……操られてるの!?)


 私が、小説の知識のない、ただのリーゼなら、どう思っただろう? 大切な友達だと思っていたジークの行動に、とても、傷付いたに違いない。


 闇の魔女の思惑通りに――――


「ジーク、お願い、止めて! 目を覚まして!」

「止めない。僕は、リーゼを襲わないといけないから」

「っ!」


 人が傷付くのを見るのが大好きな闇の魔女。

 相手がどれだけ傷付くか、悲しむか、怒るか、苦しむか、全てが、闇の魔女にとっては暇潰しで、手段で、楽しみの一つでしかない。


(私がこのままジークに襲われちゃったら……どうなるの?)


 フェルナンド様は強くお怒りになるだろうし、ティアは、大好きな幼馴染が犯した罪に、心から悲しむ。ジーク本人も、罪の意識にさいなまれ、苦しむことになる。


(私だって、嫌! 傷付く!)


「っ、離して!」


 何とか体を払いのけ、距離を取るも、逃げ道はない。

 頭には、ユニバーサル様が別れ際に言った言葉が、浮かんだ。


『このままお別れするのが、とても残念ですわぁ』


 本当は私達が傷付くのを身近で見たかったけど、見れなくて残念ってこと? 最低……!


「正気に戻って!」

「無理だよ、リーゼも知ってるでしょ? 僕を止められるのは、ティアだけ。でもそのティアは、今は寝込んでいる最中なんだから」

「ジーク……!」


 彼の心の弱味に付け込み、心を操った。恐れていたのに、知っていたのに、止められなかった。


「痛っ!」

「お願い、リーゼ。抵抗しないで。君を傷付けたくない」


 壁に追い詰められ、強い力で抑えられて、ビクともしない。


「ジーク!」


 生気の無い瞳。

 ジークの意思がそこに無いことは、明らかだった。


「お願い……止めて……ジークに、こんな酷いこと、させないで……んっ!」


 ジークには似合わない、噛み付くような乱暴な口付けをされる。


「はぁっ」


(許せない……! 優しいジークに、こんな酷いことさせるなんて、絶対、許さない!)


 そう思うのに、何も出来ない自分が、無力だと思った。


 誰も来ない、二人っきりの部屋。

 何の力もない、ただの当て馬的モブ悪女の私には抗う術が無くて、これから先のことを思うと、絶望しかなかった。



「――――リー……ゼ?」

「え?」


 だけど、ふと見上げた先に見えたジークの瞳は、さっきまでと違う、意思があるように見えた。


「ご、ごめん! 僕、リーゼになんてことを!」


 握られていた手を離され、飛び跳ねるように後ろに下がるジーク。


「……ジーク? 正気に戻ったの?」

「本当にごめん! 体が勝手に動いて……! 謝っても許されることじゃないけど、本当にごめん!」

「……本当に? 本当に、戻って……」


 安心して、体の力が抜ける。そのまま、膝から崩れ落ちるように、地面に座り込んだ。


「良かった……! 本当に、良かった!」


 どうしてジークが、急に正気に戻ったのか?

 色々と疑問に思うことはあったけど、今は、最悪の結末にならなかった。その安堵から自然と涙が溢れて、止まらなかった。




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