50話 闇の魔女の楽しみ
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――気付かなかった。
闇の魔女が、知らず知らずのうちに、魔法をかけていたことに。
「お願い、止めて! 目を覚まして!」
人が傷付くのを見るのが大好きな闇の魔女。
相手がどれだけ傷付くか、悲しむか、怒るか、苦しむか、全てが、闇の魔女にとっては暇潰しで、手段で、楽しみの一つでしかない。
壁に追い詰められ、強い力で抑えられて、ビクともしない。
「ジーク!」
生気の無い瞳。
ジークの意思がそこに無いことは、明らかだった。
「お願い……止めて……ジークに、こんな酷いこと、させないで……んっ!」
ジークには似合わない、噛み付くような乱暴な口付けをされる。
「はぁっ」
(許せない……! 優しいジークに、こんなことさせるなんて、絶対、許さない!)
そう思うのに、何も出来ない自分が、無力だと思った。
誰も来ない、二人っきりの部屋。
何の力もない、ただの当て馬的モブ悪女の私には抗う術が無くて、これから先のことを思うと、絶望しかなかった。
◇◇◇
ロスナイ教会から帰宅後、ティアは体調を崩し、暫く寝込むことになった。
元々の宴予定だった日にも体調は戻らず、延期になり、ジークもグリフィン公爵邸に泊まり込んで、ティアの看病に当たっていた。
「ジーク、ティアの調子はどう?」
丁度、ティアの部屋から出て来たジークを見つけて、声を掛ける。
「ああ、問題ないよ。もうすぐ回復するだろうって、お医者様が」
「良かった」
長く時間がかかってしまったけど、順調に回復に向かっているようで、胸を撫で下ろす。
「フェルナンド様は?」
「ティアの部屋にいるよ。少し休めって、変わってくれたんだ」
「そう、次は私の番だから、早目に行って変わるよ」
基本は私とジークで交互でティアに付き添い、フェルナンド様は、仕事で手が空いた時にだけ、顔を出していた。
「ティアが倒れたのは、僕の所為だ」
「ジーク?」
「僕がいなければ、ティアは無理しなくて済んだんだから」
「……聞いてたの?」
ティアはジークの為に、早く聖女の活動を終わらせようとしていた。
「自分が情けないよ。ティアを守るために、ティアの力になるために、ここに残ったのにね」
「ジークは充分、ティアの力になってるよ。ティアが倒れたのは、間違いなく、ユニバーサル様とシェリ様の所為だから。ジークだって、分かってるでしょ?」
「分かってるん……だけど」
「ジーク、大丈夫? 顔色が悪いよ? ジークも、体調を崩してるんじゃないの?」
普段、弱音を吐かないジークがそんな悲しい顔をしていると、心配になってしまう。
(無理もないか。ジークは、ロスナイ教会で酷い扱いを受けていたもんね)
「いや、大丈夫……そう言えば、闇の魔女のことで聞いておきたいことがあるんだけど」
「闇の魔女? 何?」
「ここで話して、誰かに聞かれたら不味いし、リーゼの部屋に行ってもいい?」
「え……でも、それは」
確実にフェルナンド様に怒られるよね? ジークだって、怒られたくないからって、私と部屋で二人っきりになるのを嫌がってたのに。
「じゃあ、庭園ならいい?」
「それならいいけど……どうしたの? そんなに、聞きたいことがあるの?」
「うん、まぁね」
実際に闇の魔女と対面して、そう思ったのかな? 確かに、私も凄く怖かった!
「私が知ってることで良ければ、教えるよ。何が知りたいの?」
「色々聞いておきたいけど……そうだね、闇の魔女は、操られた人の行動、全てを把握してたりするの?」
「ううん、流石に千里眼的な力はないから、自分がいる場所で、命令を実行させたりすることが多いかな。闇の魔女は、人が不幸になるのを見るのが好きだから」
闇の魔女は、人を操る。
これは小説の中でもあった、闇の魔女の力だけど、その能力は未知数だった。
ただ、小説を読んだ読者としては、決して、万能だとは思わなかった。人を操りはするけど、操った人の記憶を読み込めるわけではなかったし、ずっと、全てを見通せるわけではない。
「操られた人を解除する方法は?」
「聖女しか、闇の魔法は解けない」
だから、闇の魔女に対抗出来るのは、光の聖女であるティアしかいない。
「闇の魔女が本当に恐ろしいのは、人を人とも思わない、残忍な性格だと思う」
「それは……怖いね」
誰かに聞こえたら不味いからと、二人しか聞こえないよう、小声で会話をする。
「ねぇリーゼ、庭園に行く前に、僕の部屋に寄ってもいい? 忘れ物したんだ」
「いいよ」
――この時点で、少しでも異変に気付いていれば良かった。
でも、気付かなかった。
変に小説の知識がある分、闇の魔女が何かするなら、見える場所でするはずだと、思い込んでいた。




