48話 愛する妻
耳障りな言葉、ティアに聞かせたくなかったのに、ジークに支えられ部屋を出る最中に浴びせられた言葉は、ティアにも届いてしまっただろう。
「キングス侯爵令嬢……酷く父親から怒られたでしょうに、全く懲りておられないようですね。また、罰を受けたいんですか?」
「フェ、フェルナンド様」
フェルナンド様が絶対零度の冷たい視線を送れば、シェリ様は萎縮するように、顔を引き攣らせた。
「まぁまぁ、そんなに怒らないであげて下さいませ、フェルナンド様」
この雰囲気に相応しくない穏やかな空気を身に纏い、笑顔で、怒っているフェルナンド様を宥めるように声をかけるユニバーサル様。
「俺は貴女にも文句があります」
「まぁまぁ、怖いですわぁ」
「わ、私は悪くありませんわ! ただ、いい加減に許してもらおうと思っただけよ! 私は貴女達の所為で、お父様に叱られて家を追い出されて、こんな所に送り込まれましたのよ!?」
私の方を指差しながら、糾弾するシェリ様。
キングス侯爵は、娘のやらかしで聖女を手放すはめになったことを激怒しており、原因となったシェリ様を、懇意にしている教会に送り込んだようだ。
今まで甘やかされて過ごしていたお嬢様からしたら、綺麗な部屋で悠々自適に過ごせてるとはいえ、教会から自由に出られず、社交界にも参加出来ない、好きな物も買えない生活は、耐え難いものがあるのだろう。
「自業自得でしょ、私達は関係ないじゃない」
「貴女達が私に逆らわなければ良かったんですわ! 少しすれば、お父様の怒りも収まって、ここから出してもらえると思っていたのに、いつまで経ってもお父様は迎えに来て下さらないし、最悪よ!」
「だから、ティアに許してもらおうと思ったと? あんな謝罪とは思えない態度で? 舐めてるの? いい年して、謝罪の仕方一つ知らないの?」
「なっ!」
私の推し! ティアを悲しませるなんて、絶対に許せない!
「貴女に言われたくないわ! フェルナンド様を無理矢理、手に入れた悪女のくせに!」
「それは……」
それを言われると、耳が痛い。
私ではないけど、私、リーゼの罪は消えない。だから私だって、これ以上フェルナンド様を縛り付けないよう、必死にフェルナンド様と離婚しようと頑張ってるのに。
「いつかフェルナンド様に捨てられる分際で、私に楯突いたこと、いつか必ず後悔させますわ!」
父娘揃って、敵認定されましたね。キングス侯爵の影響をモロに受けて育ったからか、シェリ様は父親にそっくり。こうなったら、お父様に手を出される前に、平民になって遠くに逃げた方がいいかな、なんて、思った。
「――――ああ、キングス侯爵令嬢はずっとこちらにいらしたから、父親の今の現状を知らないんですね」
私の腕を引き、隠すよう後ろに引っ張るフェルナンド様。
「お父様の現状?」
「キングス侯爵家は今、俺の妻に無礼な発言をしたことで、窮地に立たされているんですよ」
「……え? な、なんですの? それ……」
「本当ですよ。キングス侯爵家がしている経営やらを少し妨害するつもりだけだったんですが、叩けば叩くほど、不正やら横領やら、埃が出て来ましてね。放置することも出来ないので、全て陛下に報告させて頂きました。だから、キングス侯爵はいつまでも貴女を迎えに行くことが出来ないのしょう」
「嘘! 嘘ですわ!」
「嘘ではありませんよ。ユニバーサル様、最近、キングス侯爵家からの援助が途切れているのではありませんか?」
フェルナンド様の問いに、ユニバーサル様は少し考える素振りをしたあと、笑顔で、答えた。
「確かに、言われてみれば、そうですわねぇ」
「そんなっ」
信じられないと、驚愕の表情を浮かべるシェリ様。
と、言いますか、私も、同じ気持ちです! 何? フェルナンド様、キングス侯爵家にそんなことをされていたんですか? いつ? 星祭りの後? だから、キングス侯爵は私に何もしてこなかったの!?
「どうして……! フェルナンド様は、リーゼ様のことがお嫌いだったはずでしょう!? なのに、どうしてこんなことを……!」
「どうして? 俺の愛する妻なんですから、守るのは当然です」
「――っ」
(愛する妻? 私が?)
シェリ様の前でだけ言っている嘘だって分かっているのに、動揺する。自分で分かるくらい顔が真っ赤になっているのが、分かる。フェルナンド様の背中に隠れて、顔が見られていないことを良かったと、心から思った。
「……あらあら、フェルナンド様は本当に、リーゼ様のことがお好きなんですねぇ」
その時、ゾクリと、背筋が凍るような不気味な笑みをユニバーサル様が浮かべていたのを、私は見逃さなかった。
「ユニバーサル様、こんな状態では、聖女の心の安定のためにも、これ以上、ここに滞在することは出来ません」
「まぁ、それは大変。そんなこと仰らないで下さいませ? 私はただ、皆さんに仲直りして欲しくて、この場を設けましたのよ?」
嘘つき、どの口が言うか。ただ、ティアの傷付く姿が見たかっただけなクセに!
「残念ですが、その思惑は大失敗のようです。ティアは連れて帰ります、異論は認めません」
「……仕方ありませんね」
フェルナンド様がここまで言い切ってしまえば、例え影響力が強いロスナイ教会でも、諦めざる得ないでしょう。フェルナンド様は、この国の最高爵位である公爵なのですから。




