41話 光の聖女と闇の魔女
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ここは、小説、《光の聖女と闇の魔女》の世界である。
光の聖女と闇の魔女は、光の聖女であるヒロインのティアが、フェルナンド様と愛を育みながら、様々な困難に立ち向かい幸せになる話で、この地を混沌に陥らせている元凶である闇の魔女を封印し、世界に平和をもたらす物語である。
結婚生活九か月目――
とあるいつもの日常、私はジークと一緒に、グリフィン公爵邸の執務室に呼び出された。
「リーゼ、ジーク、お二人にお願いがあります」
「今度はどこの土地を癒しに行くんですか? 結構、遠い場所ですか?」
お願いが何かを尋ねることもなく、聖女の、ティアのことだと自然に受け入れる私。
それは隣にいるジークも同じで、雪の町ラシアスの一件から、私達が同行した方が聖女の活動が円滑になると気付いたフェルナンド様は、何かあれば、私達を聖女の旅に同行させるようになったからだ。
近場ならフェルナンド様とティアは二人で行ってしまうので、ある程度、距離があるものと考えて質問したが、フェルナンド様の答えは、想定していたものとは違った。
「そんなに距離は離れていません。今回行く場所は、《ロスナイ教会》ですから」
「ロスナイ――教会」
この世界にも、信仰はある。
ロスナイ教会は、自愛の神を祀る建物であり、多くの悩める人々が神に祈りを捧げる場所で、この世界の住民なら誰もが知っている、有名な場所だ。
「ロスナイ教会に行くんですか? 今?」
「そうですが……何か問題でもありますか?」
浮かない表情をしていた私に気付いたフェルナンド様は、不思議そうに、こちらを見た。
「……何も、ありませんよ」
「どうしてロスナイ教会に行くんですか? ロスナイ教会ほどの有名な教会が闇に汚染されれば騒ぎになるはずなのに、そんな話は聞いたことありませんし、土地を癒すためではないですよね?」
必死で取り繕った笑顔を浮かべる私の隣で、私と同じく、いつも通りの聖女の活動だと思っていたジークは、フェルナンド様に内容を確認した。
「大司教からの呼び出しです。ティア――聖女に、挨拶がしたいそうですよ」
「今更ですか?」
「ティアの活躍を聞いて、このまま放置することが出来なくなったんでしょう。あそこは、聖女の存在に否定的でしたからね」
「ああ、成程」
ロスナイ教会は自愛の神を祀っておきながら、自分達以外の特別な存在が現れたことを否定していた。
今更、聖女に擦り寄ろうとする姿勢に嫌気はするが、大きな影響力を持っている教会の要望を無視することは出来ず、陛下から聖女を連れて行けと命が下り、仕方なく、行くことにしたそうだ。
「今回は同行に危険は無いと思いますが、鬱陶しい連中が多く、精神的にティアが疲弊することは間違いありません」
「そんなに厄介な場所なんですか?」
「そうですね、ロスナイ教会の貴族の支援者の筆頭がキングス侯爵と言えば、少しは理解しやすいですか?」
「それは……厄介ですね」
どこらかしこで名前の出て来る、キングス侯爵。
キングス侯爵家が関われば、ティアの精神が脆くなってしまうのは立証済みなので、これ以上の説明は必要無い。
「そんなワケで、貴方達にも、傍でティアを支えてもらえばと思っています。一緒に行って頂けますか?」
「僕は大丈夫ですよ、どこにでも行きます」
ティアの力になるために、ここに残る選択をしたジークは、当然のように頷いた。
「……っ」
「リーゼ?」
いつもなら私も、二つ返事で応じていたのに、言葉が出ない。
どう答えるのが正解なのか、着いて行くべきなのか、着いて行かない方がいいのか、何も判断が出来なかった。
「行きたくないのなら、無理にとは言いません。ジークだけでも一緒に行って頂けるなら、それで――」
「いいえ! 一緒に――行きます」
整理出来ていない頭で、反射的に、咄嗟に返事をした。
「無理しなくて良いんですよ?」
「大丈夫です」
「……そうですか。では、お二人共、よろしくお願いします」
行くと返事はしたものの、頭の中はまだグルグル回ってる。
移動手段やらジークを借りるのにお父様の許可を取るやら、色々話していたけど、そこからは話半分しか、頭に入ってこなかった。
(何で……もうロスナイ教会に行くの? 早くない? もっと、ロスナイ教会に行くのは物語の後半だったはずなのに!)
ロスナイ教会のことを、私は知ってる。
ロスナイ教会は、小説の中に出て来る重要な場所――――この小説、光の聖女と闇の魔女の物語のラスボス、闇の魔女が現れる場所だ。
(雪の町ラシアスの時も思ったけど、始まりが早い! 全体的に、物語が早く進んでるの?)
闇の魔女は、闇で世界を支配しようとしていて、そのための手段として、土地を汚染させている。
大変、迷惑極まりなく、全ての元凶なのだが、小説を読んでいる私は、勿論、闇の魔女のことを知っている。その顔も、名前も、性格も、恐ろしい闇の力も――
「出発は一週間後、一週間ほどの滞在になると思いますので、覚悟していて下さい」
(一週間後……それまでに、闇の魔女の対策をしなきゃ!)
◇◇◇
「ジーク、話があるの。二人っきりで」
フェルナンド様との話を終え、執務室を出た私は、ジークの服の袖を掴み、呼び止めた。
「……リーゼ、懲りないね。またフェルナンド様に怒られるの嫌なんだけど」
「こ、今度は部屋で二人っきりにはならないから大丈夫! 庭園で、見晴らしの良い場所で、人払いをするから!」
兎に角、私とジークがやましいことをしていないと証明されればいいんでしょう? 庭園なら、遠くからでも、私達がただ話しているだけなのは分かるだろうし、フェルナンド様のいう密会にはならないでしょ。
「お願い、重要なことなの!」
「……はぁ、分かったよ」
優しいジークは、私のお願いを断らなかった。




