35話 逃げられない
(出れない……密室? そう言えば、そんなストーリー、小説にもあった気がする)
あれは、聖女の活動中、吹雪で身動きが取れなくなったフェルナンド様とティアが、山小屋で一晩を過ごす――って、あれ? これって――
思い出して、思考が止まった。
(これって、まさか、雪の中に閉じ込められる、小説のストーリー!?)
全く同じ展開なのに、どうして、今まで思い出せなかったんだろう。
そうだ、これは、癒した土地の確認をしていたティアとフェルナンド様が、山小屋に閉じ込められる話だ!
「も、戻りましょう! フェルナンド様!」
「どうやって?」
窓から見えるのは、さっきと何ら変わらない、激しく吹き荒れる雪景色。
「死にたいなら止めませんが、戻りますか?」
「……いいえ、止めておきます」
こんな中、外に出るのは、自殺行為でしかない。
「どうやら汚染された影響とかではないようですし、一晩経ったら落ち着くでしょう」
「……っ」
一晩経ったら落ち着くとか、そういう問題じゃない!
(どうしよう、どうしよう! 本当はここにいるのは、私じゃなくて、ティアだったのに!)
小説と違って、物語の入りが違うから、気付かなかった。
小説では、私もジークもいない。精神が不安定になるティアに、長丁場になる現場は不安だからと、汚染されて酷かったにも関わらず、この町は物語のもう少し後に聖女に助けられるはずだったし、町の人達に涙ながらに助けて欲しいと懇願されて、来る町だった!
(小説とは違うことが起きてるんだから、色々と変わってて当然なのに!)
気付かなかった自分を、フェルナンド様に付いて行くと言った自分を、心から悔やむ。
(ま、待って。大丈夫、大丈夫。小説通りの内容が起きるとは限らないし)
私がここまで焦っているのには、理由がある。
(この山小屋は、フェルナンド様とティアが初めて結ばれる場所なの――!)
小説では、ティアはフェルナンド様と片時も離れず、一緒に行動していた。
閉じ込められた密室、愛し合っている二人だけの時間、冷え切った体に、温め合う体温。そうなるのは自然の流れなのかもしれないけど……!
(大丈夫、私はヒロインじゃないし。私のことが嫌いなフェルナンド様が、こんな緊急事態に私に手を出すはず、ないよね?)
意識したくないのに、どうしてもそっちに意識してしまって、心臓が大きく高鳴る。
「どうかしましたか、リーゼ?」
「いいえ、何もありません!」
自分でも分かる、明らかにうわずった声。挙動不審にも程がある。
(平常心でいなきゃ。こんなこと考えてるなんて知られたら、恥ずかしくて死んでしまうし、自意識過剰過ぎる!)
気持ちを落ち着かせようと、胸に手を当てて深呼吸する。
「こ、小屋の中を散歩してきすね」
「散歩? こんな小さな小屋の中をですか?」
「は、はい。なんかこう、グルっと回ってようかなって」
一部屋で全てを見渡せる小さな小屋。
こんな小さな小屋の中を散歩とは意味不明だし、フェルナンド様には不審がらているけど、ジッとしているのも落ち着かない。
正直、少しでもフェルナンド様と距離を取りたい気持ちもあった。
(早く雪、止んで!)
そう祈りながら、一歩足を進めようとしたところで、フェルナンド様に、行く手を阻まれた。
「――――そんなに意識されたら、期待に応えたくなりますね」
「え――」
強引に手を引かれ、小屋に置いてあったベッドに押し倒される。
あまりにも急で、流れるまま馬乗りにされたから、抵抗することも、声を上げることも忘れていた。
「ま、待って下さいフェルナンド様!」
「どうして? 俺達は夫婦なんですから、構わないでしょう?」
「それ、は……」
(貴族の義務だから? だから、こんなことするの? それなら――)
私は、こう言うしかない。
「離婚しましょう、私達」
ベッドの上で美しいフェルナンド様の顔を見上げながら離婚を告げる私に、彼は薄らと笑みを浮かべた。
「貴女もしつこいですね、離婚はしないと言っているでしょう」
そう言いながら、脱ぐように自分の服に手を伸ばすフェルナンド様。
「私は、もうフェルナンド様が好きじゃないんです」
「では、もう一度好きになって下さい」
「な――んっ!」
噛みつくように口付けされて、言葉が出ない。何度も何度も角度を変えられ、繰り返されて、息が苦しい。やっと解放された時には、目から自然と涙が出ていた。
私のことなんて好きじゃないはずなのに、どうして、離婚を拒むの? それどころか、どうして執着してくるの? どうして、私を離してくれないの?
「諦めて、俺の妻でいて下さい。今度は――逃がしませんよ」
「っ、はぁ」
完全な密室に、強い力、首元に走る熱い息――今度こそ、逃げられない。
「好きですよ、リーゼ」
(好き……? フェルナンド様が、私を?)
薄れゆく意識の中、耳に聞こえた言葉が信じられなくて、自分に都合の良い幻じゃないかと思った。




