34話 密室
◇◇◇
――三日後。結婚生活七ヶ月二十三日目――ラシアスの宿屋。
フェルナンド様の言葉通り、ティアは聖女としての活動を効率的に行い、予定よりも早く、土地の回復を終わらせることが出来た。
「……っぅ」
だけど、疲労から来るものか、終わる頃には、ティアの体調は少し悪くなったように見えた。
「ティア、大丈夫?」
顔色を覗き込むと、体調が極限に悪い時に比べてマシとはいえ、青白くて、元気がないことは一目瞭然だった。
「ティアはもう休んでいて下さい、後は俺一人で充分ですから」
そう言って、コート羽織るフェルナンド様。
「もう聖女の活動は終わったんじゃないんですか?」
「念の為、最後に異常が無いかを確認しに行くんです」
「ああ、成程」
「大丈夫です、私も……一緒に行き……ます」
聖女への義務感からくるものなのか、フラフラな体で椅子から立ち上がろうとするティア。
(聖女の力を使うってことになったら、ティアの存在は必要不可欠だけど、確認するだけなら、ここでティアに無理をさせる必要はないよね)
「ティアは休んでて、私がフェルナンド様と一緒に行くから」
「え……でも……」
「大丈夫、実は、もっとラシアスの町を見て回りたかったところだから、丁度良いの」
嘘はついてない。新しい場所を見て回るのはわくわくするし、少しでも推しの役に立てるなら、それが本望。
「ジークは、ティアをお願いね」
「ああ、分かった」
ジークにティアを任せ、私もコートを着て、外に出た。
◇◇◇
「――貴女まで来なくて良かったんですよ?」
ラシアスの北部、山の中で、フェルナンド様は私に手を差し出しながら、そう言った。
「大丈夫……です! ティアに、代わりで行くって約束しましたから」
(まさか、山を登ることになるとは思っていませんでしたけど!)
フェルナンド様の言う確認とやらは、町の中だけではなく、町に隣接された山も含まれていたようで、雪道を歩くだけでもしんどいのに、そこまで大きな山で無いとはいえ、運動不足な私には、大変、過酷な道のりだった。
(でも言い換えれば、二人はいつも、こんな過酷なことをしているってことよね。普段、聖女の旅に同行していない私が、この程度で弱音を吐いちゃ駄目! 頑張り……ます!)
「どこにも異常はありませんね」
山頂に着き、周りを確認したフェルナンド様は、そう言って、息の上がり切っている私を見た。
「よく、ここまで付き合いましたね」
「……ぜぇぜぇ、足を引っ張ってごめんなさい」
多分、いえ、絶対、私がいない方が、フェルナンド様は円滑に山に登れたし、確認出来たと思う。足を引っ張るくらいなら、お言葉に甘えて、フェルナンド様に任せていれば良かった。
「いいえ。文句も言わず、ここまで自分の力で貴女が歩けたことに、素直に驚いています」
そうですね、転生する前のリーゼなら、途中で引き返すどころか、フェルナンド様に抱っこして降りろ! とか、我儘を言ってそうです。
「よく頑張りましたね、リーゼ」
「っ!」
急に甘い笑みで頬を撫でられ、言葉に詰まる。
だから私、男性経験全く無いんですってば! なのに、こんな風に触れられたら、顔だって真っ赤になるし、心臓が高鳴って仕方ないんです!
(何なの? フェルナンド様、最近、スキンシップ多くない!?)
事あるごとに触れて来るフェルナンド様に戸惑いしかないし、その度に反応してしまう。
「では、帰りましょうか」
「は……い」
当然のように差し出されるフェルナンド様の手を、握る。
(勘違いしてしまいそう)
フェルナンド様は私じゃなくて、ティアが好き、ティアと幸せになるべきなんだから、私に、特別な感情なんか持っているはずがない。無理矢理、結婚させた嫌いな相手を、好きになるはずがない。
頭では理解しているのに、フェルナンド様の最近の行動に振り回される自分が、嫌。
――――後は、下山すればお終いだった。
下山して、異常がないことを伝えて、グリフィン公爵邸に戻る。それで、今回の旅は終わるはずだった。
汚染された関係無く、時折、自然は牙を向く。転生する前の日本でだって、そんなことは沢山あった。何の前触れもなく、突如やってくるそれにあがなう術はなくて、甚大な被害となって降り注ぐ自然災害。
そんな自然の猛威によって、下山は阻止されることになった。
「冷た……寒い……!」
雪に濡れ、ガタガタと震える体に、青紫色の唇。
「大丈夫ですか? リーゼ」
「死ぬかと思いました……」
「山小屋があって助かりましたね」
あれからすぐに山の天気が急変し、歩くことが困難なくらい、激しい吹雪が降り注いだ。今は何とか、近くにあった山小屋に避難したところで、髪や体に付いた雪を払いのけた。
山小屋はつい最近も使われた形跡があって、フェルナンド様は備え付けのタンスからタオルを取り出しすと、一枚、私に手渡した。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
一部屋しかない小さな山小屋だが、魔法の力でも働いているのか、激しい吹雪の中でも大丈夫そうで、生活するのに必要な物も一通り備わっていて、魔法で動く暖炉に火をつけると、一気に、暖かい空気が小屋中に広がった。
「この雪って、いつ止むんでしょうか?」
「この調子だと、まだまだ降り続けるでしょうね」
「ですよね」
窓から見える景色は、吹雪が激しく吹き荒れる雪景色で、止む気配は微塵もない。
「これじゃあ、ここから出られませんね」
ふと、自分で口に出してから、何かが、頭に引っかかった。




