28話 悪役登場
――フェルナンド様とティアは、貴族として星祭りに参加するから、平民として参加する私達とは、完全に別行動。
馬車で移動する二人を置いて、私とジークは徒歩で、屋敷を出た。
「ジーク、星祭りの相手が私で、ごめんね?」
今更だけど、謝っておく。
本当はジークは、ティアと一緒に行きたかったに決まってるのに、小説のファンとしてフェルナンド様とティアの恋の応援に、阻止するようなことをしてしまった。
「謝らなくていいよ。今は、恋愛とか抜きにして、ティアを支えるって決めたから」
なんて健気で一途なんだろ。
やっぱりティアの相手には、冷たくて意地悪なフェルナンド様より、ジークの方が相応しいと思う! だけど、小説で二人は結ばれて幸せになったワケだし、邪魔出来ないの!
「それに、僕はリーゼと一緒で嬉しいよ」
「!」
不覚にも、ドキッとしてしまった。爽やか過ぎる! ジークも格好良いもんね、お父様の話では、モンセラット伯爵家で今、一番モテている男らしい。
ジークは優しいし、モテるのは当然か。
「フェルナンド様と離婚したら、ジークに恋しようかな」
「リーゼ、お願いだから、冗談でも二度とそんなこと言わないで欲しい。僕の命が消える」
「命が消える!?」
「あ、リーゼ、屋台が見えたよ。リーゼは何が食べたい?」
「本当だ! 何から食べようかな」
物騒な物言いに驚いたけど、街に着いて屋台を目にしたら、すっかりそのことは頭から抜け落ちた。
帝都の有名なお祭りなだけあって、色々な屋台が立ち並び、どれもこれも美味しそうな食べ物が並んでいて、目移りしてしまう。
その中から、屋台の定番ともいえる綿菓子を選び、頬張っている私を見て、ジークは笑った。
「リーゼ、綿が頬についてるよ」
「ほんと? どこ?」
「ここ」
頬についた綿を取ると、ジークはそのまま、口に入れた。
「甘いね」
「っ!」
故郷ではよく下の子の面倒を見ていたらしいけど、その延長で、妹の感覚で触れ合っているのか、これを天然でしているのだから、怖い。
「リーゼはどこか行きたい所はある?」
「昼は特にないけど、夜は、絶対に行きたい場所があるの!」
「どこ?」
「街が綺麗に見渡せる場所よ」
「へぇ、そんな場所があるんだ、よく知ってるね」
(それは勿論、小説で得た知識ですから!)
そこは、星祭りの夜、フェルナンド様がティアに想いを告げる場所でもある。
告白のシーンを覗き見――したいけど、そこは流石に遠慮しておくとして、そこから見える景色は、一度はこの目で見ておきたい。
(……もしかしたら、これで、私とフェルナンド様は離婚するかもしれない)
私に利用価値があるからと離婚しない旦那様。でも、好きな人に想いを告げた後なら、離婚しようと思い直すかもしれない。
離婚しても、私はモンセラット伯爵令嬢としてティアと親しく出来るし、侍従として働いているジークとはもっと距離が近くなるし、何も問題ない。
(ただ、フェルナンド様と会うことが無くなるだけ)
それが少しだけ寂しいと思うのは、予定よりも長く、フェルナンド様の妻でいてしまったからだろう。
(離婚しましょう、私達。そして、私が不幸にしてしまった分、いっぱい幸せになって下さいね、フェルナンド様)
そう胸に秘めつつ、私はジークと、お昼のお祭りを心行くまで楽しんだ。
◇◇◇
楽しい時間はあっという間に過ぎ、星祭り、夜の部――帝都展望台。
「わぁ、凄い……!」
小説、光の聖女と闇の魔女の世界なだけあって、魔法で彩られた帝都は想像以上にとても綺麗で、幻想的だった。夜は恋人同士のお祭りと称されることもあるみたいだけど、まさに、その通りだと思う。
(素敵なイルミネーション、そりゃあ、良い雰囲気になるよね)
展望台から街の景色を眺めていると、ふと、私の隣で一緒に景色を眺めていたジークが、口を開いた。
「リーゼは、フェルナンド様とティアが二人っきりでこんな良い雰囲気の中、過ごしているのに、気にならないの?」
「それを気にするのは、私じゃなくてジークの方でしょう?」
私はどちらかというと、全力で応援してる。
「うーん、それよりも僕は、自分の身の安全を心配してるかな」
「ジークって、誰かに命でも狙われてるの?」
命が消されるやら身の安全やら、さっきから、誰かに命を狙われているような発言にしか聞こえないんだけど。
「そうだね。まぁ、僕には利用価値があるだろうし、実際に命までは取られないと思うけど」
「命を取られる!?」
(怖いよ、何その状況? そんなギリギリのところにいるの?)
「それって誰に――」
気になって尋ねようとしたけど、その前に、身に覚えのある人影が近付いてくるのが見えて、口を閉じた。
「やぁ、お久しぶりですね、グリフィン公爵夫人」
「……キングス侯爵」
懐かしいこの方は、ティアがグリフィン公爵家に来る前にいた家の当主であり、ティアを虐めていた娘シェリ様の父親だ。
(キングス侯爵も星祭りに来てたのね)
星祭りは帝都の有名なお祭りだから、この人が来ていてもおかしくはないけど……まともに話したこともない私に声をかけるなんて、一体、何の用なの?
「お久しぶりです、聖女の誕生を祝うパーティ以来ですね」
正直、関わりたくない。が、本音だが、侯爵が話しかけているのに無視するのは、公爵夫人としてないので、仕方なく相手をする。




