23話 奥の手
◇◇◇
次の日、結婚生活四か月十六日目――
「フェルナンド様……体調を崩されているんですよね? お願いです、しっかり、休んで下さい」
「――はい?」
聖女の様子を見に来たフェルナンド様に、ベッドの上から悲しげにお願い事をするティア。
(これが私の奥の手、必殺、ヒロインのお願い! です)
「……ティア、何か誤解をされているようですが、俺は別に、体調を崩していませんよ」
取り繕ったような笑顔を浮かべ、即、否定するフェルナンド様。
流石はフェルナンド様、表情管理は素晴らしく、普通なら、気付かれることはないのかもしれませんが、残念ながら裏は取れているんです!
「え……でも、リーゼ様が……」
「嘘は駄目ですよフェルナンド様。ティアが心配してこう言っているんですから、ゆっくり体を休めないといけませんよね?」
「フェルナンド様、ティア様もこう言っておられることですし、本日の仕事はお休みにして、ゆっくりなさって下さい」
畳みかけるように、私もミセスも追随する。
因みに、ミセスにも根回し済みなので、今回ばかりは、皆、私の味方です。
「……リーゼ?」
何か言いたげに、横目でこちらを睨み付けるフェルナンド様。
そんなに睨み付けても駄目です。小説では、フェルナンド様が体調を崩したことは、一切、描かれていませんでした。一人で耐えるつもりだったんでしょうが、そうはいきません。今回ばかりは、言うことを聞いてもらいます。
「ティアに余計なことを言いましたね?」
「何のことでしょう? 私はただ、真実しか言っていません」
可愛い可愛い大好きなティアが、貴方のことを心配しているんですから、無下には出来ないでしょ? 大切な大切な聖女のお願いですしね。
「フェルナンド様……お願いです、私の所為で、フェルナンド様に何かあったらと思うと、心配なんです……!」
最後のとどめを刺すように、ティアがか弱い声を出せば、もうフェルナンド様は落ちるしかなかった。
「…………分かりました、ティアのご厚意に甘えて、今日は休ませて頂きます」
よし! 成功! っと、心の中でガッツポーズを取る。きっと隣にいるミセスも、同じように思っていることでしょう。
「フェルナンド様……いつも、私を助けてくれて……感謝しています」
「いいえ、聖女の力になることが俺の役目ですので、お気になさらずに、いつでも、俺を頼って下さい」
見つめ合い、互いへの想いを伝える二人。
誰の言うことも聞かないフェルナンド様が、ティアの言うことにだけ、素直に従う。それは、フェルナンド様とティアの恋が進んでいる証だと思った。
(旅を通じて、お互いの気持ちが大きくなってる頃だもんね)
私には見せない笑顔を浮かべて、ティアに接するフェルナンド様。
(この調子なら、落ち着いた頃にでも、離婚を言い渡されるかもしれない)
それなら、喜んで離婚を受け入れよう、そして、二人の行く末を末永く応援しよう。
(ジークには申し訳ないけど、そうなったら、二人で失恋会でも開こうかな。私はフェルナンド様を好きじゃなかったけど、リーゼにとっては、失恋に違いないから)
そんな風に思いながら、目の前で微笑ましく会話する二人を、小説を読む読者の一人のように、眺めた。
――その後、フェルナンド様はミセスが用意したグリフィン公爵家の主治医にて診察を受け、お医者様からは最低一週間は、安静にするようにと診断された。フェルナンド様は一日で治す気満々で、診断結果には不満げだったけど、ティアの意向もあり、渋々、休むことに同意していた。
「うむ、聖女様は順調ですな。このまま療養されておりましたら、快方に向かわれるでしょう」
「あ、ありがとうございます……」
一方のティアは、グリフィン公爵邸に戻って来てからというもの、まだベッドの上からは出られないが、顔色も徐々に戻り、主治医からもお墨付きをもらった。
ずっとティアに付き添っているけど、この調子なら、すぐに私は必要なくなるだろう。
◇◇◇
深夜、ティアの部屋で彼女を寝かしつけ終えると、大きなソファの上に移動し、私のために用意されたブランケットやら枕をセットした。私がずっとティアに付き添っているということで用意された物達で、仮眠も取りやすくなって、大変、助かっている。
(……フェルナンド様は、大丈夫かな?)
放っておけばいいのに、どうしても頭に過ってしまう。
聞いたところによると、フェルナンド様はティアの意向に従って部屋で休んではいるようだが、食事の持ち込みなどの必要最低限以外の立ち入りを拒み、自室で一人で過ごされているらしい。
しんどい時くらい人に甘えればいいのに、と思うけど、それが出来ないのがフェルナンド様らしいと言えば、らしい。
「…………仕方ない、また、こっそりと様子を見るしかないか」
横になった体を起こし、ソファから立ち上がると、フェルナンド様の部屋に通じる扉の前へ向かった。
二度目の侵入ともなれば、一度目より手慣れたもので、勝手に部屋に入っているという罪悪感も薄れた。いや、申し訳ないとは思ってるけど、素直に看病を受けないフェルナンド様の責任です、なんて、罪悪感を逸らしている。
ベッドの上には、前回と同じように、綺麗な顔で寝ている旦那様の姿があった。ただ、その表情はどこか苦しそうで、体調が悪いのが見て取れた。
「熱……」
触れた額は、昨日よりも熱く感じる。
机の上には、整理整頓されている部屋には似つかわしくないほど物が散乱としていて、体調が悪くて、そこまで気が回らないんだろうと推察出来た。
食べれていない食事に、空になった水差し、氷の解け切った氷嚢――
(どうしてフェルナンド様は、こんなに自分に無頓着なんだろう)
聖女であるティアのことは大切にしているのに、自分のことは二の次三の次。
「…………よし!」
私はそのまま、机の上に置いてあった物、全てを持って、一旦、部屋を出た。
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