15話 ティアの幼馴染
◇◇◇
結婚生活一ヶ月十一日目――
「行ってきます、リーゼ様。私……絶対、リーゼ様の元に帰ってきますから……」
「うん、待ってるね、ティア。フェルナンド様もお気をつけて。二人とも、行ってらっしゃい」
「……ええ」
翌日、ティアとフェルナンド様は、私やグリフィン公爵家の使用人に見送られながら、予定通りに出発した。
馬車が見えなくなるまで、見送る。
「行っちゃいましたね、ティア様、大丈夫でしょうか?」
私の隣には、アルルの姿。
アルルもまた、聖女とはいえ同じ平民であるティアと仲が良く、最近は庭園で三人、お茶を楽しんだりしていたので、ティアのことが心配なのだろう。
「フェルナンド様が一緒だし、きっと大丈夫よ」
「そうですね」
さて、見送ってしまっては、もう私達に出来ることは、二人を信じて待つことだけ。
ここで大人しく、フェルナンド様とティアの帰りを待っていれば良いのでしょうが、私には、どうしても、どうしても! この目で見たい光景があった。
「というわけで、アルル、お忍びで街に行く準備をお願い」
「かしこまりました! お任せ下さい!」
「ええ、バッチリお願い」
かねてよりの計画を実行に移すため、私とアルルは、急いで部屋に戻った。
◇◇◇
お忍びで私が来た、ここ、《ニルラルカ街》は、帝都に近い、グリフィン公爵邸がある、広大な街である。
異世界だけあって、機械の発達よりは魔法が発達した、欧米風の街並み。実は街に来たのは転生してから初めてで、初めて見る景色に、わくわくしてしまっている。実は一人でこうして行動するのも、初めて。
そんな今の私の格好は、街並みに合わせた、カジュアルな平民の服装。
(今日のために、こっそりとアルルに準備してもらっていたのよね)
こっちの服装の方が、自分的には楽でしっくりくる、なんて思いながら、街並みを見学するように辺りを見渡しながら歩いていると、見覚えのある人物の姿が見えて、隠れるように立ち止まった。
(いた、あの人だ)
栗色の髪をした、眼鏡をかけた純粋そうな青年。直接出会ったことはないが、私は、彼を絵で見て知っている。
(挿絵の通りの姿、間違いない、彼が、ティアの幼馴染、《ジーク》ね!)
私は今回、ジークと会うために、お忍びの格好をしてまで、街に来た。ううん、正確に言うと、会うじゃなくて、見る。
そう、私がどうしても見たい光景、それは勿論、小説の挿絵の場面!
(この小説が好きだったから、つい、ファン心理が働いてしまうのよね)
小説と違い、当初のティアは違う侯爵家にお世話になっていたから、ちゃんとジークがこの街に来るか心配していたけど、ここでティアにプレゼントするはずの髪飾りを選んでいるジーク見ると、余計な心配だったみたい。
(その髪飾りは、ティアに渡せないまま、持って帰ることになるんだけどね)
ジークは、ティアにずっと片思いをしていた青年だ。
聖女となって村を出て行ったティアを忘れらず、こうしてティアに会いにニルラルカ街まで来たが、ティアがもうフェルナンド様のことを好きになっていることに気付き、何も伝えないまま、ティアの幸せだけを望み、故郷に戻ってしまう――そのシーンが、小説の挿絵になっている。
(渡せなかった髪飾りを握りしめながら去るジークの姿が、最高に切なかったんだよね)
ティアのために選んだ、ティアの好きなひまわりの花の髪飾り。せめて、その髪飾りだけでも渡せれば良かったのに、と、何度思ったことか。
小説のシーンを思い出して切ない気分でいたが、ふと、前方で一人の小さな女の子が泣いているのに気付き、自然と、足が進んだ。
「どうしたの?」
「うう、ひっく、お母さんが、お母さんがいなくなちゃったの」
「あらら、迷子になっちゃったのね」
まだ五歳くらいだろうか、しゃがみ込んで少女の顔を覗いて見ると、心細そうに、次から次へと涙が溢れていた。
「ねぇ、一緒にお母さんを探そう? 貴女の名前はなんて言うの?」
「うぇーん! お母さぁん!」
迷子の少女は、母親がいない心細さからか涙が止まらなくて、上手く話が出来なかった。
(小さな子の面倒なんて見たことないし、こういう時、どうしたらいいんだろう)
「――どうしたの? 大丈夫?」
お手上げとばかりに困り果てていると、頭上から、優しい声が聞こえ、上を見上げた。
「! ジ――っ」
名前を口に出してしまう一歩手前で、止めた。危ない危ない、初対面なのに名前を知っているなんて、絶対におかしいものね。
「あ、えっと、この子がお母さんと離れて迷子みたいで、でも、泣いてて、名前も言えなくて」
「そっか、君、迷子になっちゃったんだね。大丈夫? よいしょっと」
慣れた手つきで、少女を抱っこするジーク。
「すぐにお母さんは見付かるから、心配しないで。お兄さんの名前はジークって言うんだけど、君は?」
「ぐすっ、ぐすっ……《ミナ》」
「ミナちゃんか、分かった。一緒にお母さんを探しに行こう」
(凄い、あれだけ泣いてたのに、簡単に泣きやませちゃった!)
尊敬の念を込めて見ていると、少し照れたように、ジークは頬をかいた。
「僕、故郷で下の子達の面倒を見ることが沢山あってね、だから、子供の扱いに慣れてるんだ」
それも勿論、要因だと思うけど、でも本質は、ジークの内面から出る人の良さが隠し切れていないからだと、私は思った。
(ミナちゃん、安心しきってるもんね)
笑顔が見えたミナちゃんに、ホッと、安心した。
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