第77話 百人の兵士と三人の戦士
「ラティオ、これ、だいじょうぶなの!」
マルカが心配そうに窓から下を見ている。
宿の入口にグラヌス、ドーリク、イーリクと三人がならんだ。そのうしろにはアトがいる。
おれもそれを窓から見ながら、マルカに言った。
「自分を戦士と名乗るようなやつらが、あそこまで士気を高めたら、止めるのは無理だ」
戦士と常人をくらべると、どうしようもない相違がある。戦いの本能だ。やつらは心の底に戦いへの欲求がある。
そして、軍人とは職業でもある。だが、今日で、あの三人は剣をふる理由が生まれた。王を守るという理由だ。心の高ぶりは、いま頂点だろう。止まるものではない。
それに兵士のほうは実戦経験もない者が多いと見える。こっちの三人は、もと歩兵。何度か実戦はしているはずだ。それが、これ以上ない気迫を見せている。はったりは効くのではないか。
「ボンフェラートさんと、ヒューは?」
この部屋にはマルカとふたりだった。
「ボンじいは、一階の窓から見てる。危なくなったら、こっそり呪文で援護してもらおうと思ってな」
相手の兵士は全員が犬人だ。アトは別にして、こちらも犬人だけのほうがいい。周囲には見物人も大勢いる。異種族が相手だと、街の人まで敵にまわる可能性があった。
「ヒューは?」
「念のため、ここの領主に知らせにいった」
この場を収める力は領主にないが、こちらに非はないと宣言しておく必要がある。
「わが名はグラヌス!」
犬人戦士の怒号が聞こえた。始まったな。
「アトボロス王を守護する者。これより、レヴェノアの街をでる!」
むこうの兵士長がまえに進みでた。
「バラールより手配書がまわっておる。武器を捨てよ」
「王への事実無根の疑い、そちらこそ控えよ!」
兵士長がたじろいだ。
「事実無根とは、これはバラールからの正式な手配書だ!」
「ならば、バラールに問い合わせよ。王への不遜なる疑い。これ以上は宣戦布告と見なす!」
さらに兵士長がたじろいだ。国もないおれらが宣戦布告とは大げさだが、嘘はついていない。このあたりの問答は、事前にグラヌスと話していた。やるなら徹底的にだ。
グラヌスが一歩踏みだすと、兵士たちが一歩引いた。おそらく頭は混乱している。ここまで自信満々に言われると、どこぞの国の王か王子にしか見えないだろう。そして、自信満々になるのもそのはず、グラヌスはアトを王だと思っているのだから。
グラヌスが歩きだし、その背後をぴったりアトがついていく。アトの左右はドーリクとイーリクが守った。
兵士たちは退がった。
「ええい、止めんか!」
兵士長に怒鳴られた兵士ふたりがグラヌスに突進する。
グラヌスはひとりへ踏みこみ胸を拳で打った。もうひとりが腰に組みつく。その背中を肘で打った。倒れそうになった兵士の服をドーリクがむんずとつかみ、道のわきへ投げる。
グラヌスはまたアトのまえにもどった。
「前列、かかれ!」
グラヌス、イーリク、ドーリクを捕まえようと十人ほどが押しよせる。しかし、十人ほどで止められる三人ではなかった。
そもそも毎日のように訓練している歩兵と、特に仕事もしていない兵士。もとの実力差がありすぎる。そして歩兵隊のなかでも、この三人はかなり強かったはず。
思えば、そんな犬人の三人が、猿人のおれの言うことによく耳を傾けてくれたもんだ。
アトはもちろんだが、あの三人も、こんなところで死なせるわけにはいかない。
「マルカ」
「なに?」
「グラヌスたちが危なくなれば、おれも参戦する。おまえは、どさくさに紛れて逃げろよ」
マルカはなにか言おうとしたが、言葉を飲みこみ窓の外を見つめた。
「わ、われらは、アッシリア王都の兵士ぞ!」
兵士長が狼狽してさけんだ。
「そうか。自分はアトボロス王の兵士だ」
どん! とグラヌスは入口までのびる黒いきれいな石畳を踏んだ。
「王は街を出ようとしているだけ。この街になにか迷惑をかけたか! われらが罪でも犯したか!」
兵士長は答えない。そりゃ、賞金が欲しいからとは言えないわな。
グラヌスは両手をひろげ、街の人々を見まわした。
「南の都、レヴェノアよ、よき滞在であった! 人生で一番の美酒はレヴェノアの麦酒。今後の人生ではそう語ろう。世話になった」
聴衆から、ぱらぱらと拍手が起こった。これも事前に話しておいたことだ。すきあらば群衆に話しかけろと。そして、この街を褒めろと。グラヌスめ、意外にうまい。
「朝から騒がしてすまないが、このグラヌス、王を守るのがつとめ。われらは街からでようとしているだけだ。あの門からでるまで、しばしの茶番をご覧あれよ!」
兵士長は顔を真っ赤にし、引きつらせている。剣をぬいた。
「もはや生け捕りでなくてもかまわん。この者どもを斬りふせよ!」
兵士長は号令をかけたが、兵士はだれひとり動かなかった。無理もない。戦う理由がわからないのだ。バラールの手配書といっても、しょせんは敵国。おまけにどう見ても相手のほうが強そうときてる。
「兵士長、ここは素直に街からだせばよろしいのでは」
若い兵士が歩みでた。この隊の副長か。
「王都の兵士が、なめられたままで終われるか!」
兵士長はアトをにらんだ。
「王を僭称する不届き者め」
そうか、兵士長は手配書を読んでいる。アトがラボス村の子であると知っているのか。
「田舎の小わっぱが、なにを偉そうに・・・・・・」
兵士長はそこまで言って、言葉が止まった。喉からとつじょ生えたかのように白刃が刺さっている。剣に赤い筋が流れた。
「イーリクか!」
おれはさけんで倒れそうになった。兵士長の首に剣を刺したのはイーリクだった。
「王への不敬はゆるさん!」
あの野郎、三人で一番冷静なやつかと思ってたが、グラヌスより直情派か!




