第75話 八人の誓い
「軍事行動と申されるか!」
ドーリクがおどろいている。グラヌスとイーリクも驚嘆の顔を見せた。三人は歩兵だった。おれの言う意味がわかる。アトとマルカはきょとんとしていた。
「ただの偶然ではないのですか」
「ドーリク、きっちり左まわりだ。賭けてもいい。次はウブラ国の南がやられるぜ」
ドーリクが大きな顔の額にしわを寄せて考えている。
「ウブラ国の仕業で、アッシリアを狙っているのでは?」
「それも考えにくい。それなら、歩兵のいるコリンディアなどを狙うはずだ。ここまでまわりくどいのは、もっと大きな獲物を狙っている」
くそっ。言いながら反省した。ギアナ村が襲われた時点で気づいてもよかった。アッシリアは他人の国。そんな気分でいたからか。
「ラティオ殿、ではグールのねらいは村々ではなく」
「そう、ねらいはテサロア地方全土」
みなが地図をながめた。
「ラティオ、なぜ、王都をねらわない?」
アトがふしぎそうな顔をする。おれが答える前にグラヌスが答えた。
「それは常套手段なのだ、アト殿。大きな国を相手にする場合、いきなり中央を攻めても国力がある。それを削るには、外への道をまず潰す」
がたっとイーリクがイスを鳴らした。思わず立ちあがろうとして、やめたようだ。
「どうした、イーリク」
「では、アッシリア国とウブラ国を戦わせようとしたのも・・・・・・」
おれは即答しなかった。それも、さきほど考えた。国力を削る手段のもうひとつ、内戦だ。それでも、そこに結びつけるには早急すぎる。
「まあ、それはわからねえ。しかし、この地がねらわれてるのは確かだ」
「なるほど、のんきに犬人と猿人で戦争をしている場合ではないのだな」
グラヌスが自嘲的に笑った。
「みんなで力を合わせようよ! ぼくらみたいに」
アトの言葉に、マルカ以外が見あった。マルカは異国人だ。ここの歴史は知らない。
「それは難しい」
グラヌスが唸るように言った。その言葉は正しい。アッシリアとウブラが手を結ぶのは無理だ。
「でも、グールなんて、みんなで止めないと無理だよ!」
アトの言うことも正しい。だんだん腹が立ってきた。十五の少年がわかることが、大人のほうがわからない。アトが、おれの目をのぞきこんできた。
「ラティオ、どうする!」
おれに聞くな! そう怒鳴りたかった。昔から自分でも人より頭は切れる、そう思っていたが、これは手に余る。
一連のグール騒動にある本質に気づかなかった。それだけでも腹立たしいのに、気づいても、どうにもならない。
「ラティオ!」
「うるせえ!」
おれは思わずテーブルをつかみ、ひっくり返した。
「よそ者が、なに騒いでんだ」
地元の者らしい酔っ払いが近づいてきたが、大男のドーリクぬっと立つと去っていった。
「ちょっと、お客さん!」
「申し訳ない。いま片づける。酔いの席の口論だ」
女主人が心配そうな顔で駆けつけてきたが、グラヌスの言葉に帰っていった。
みなでテーブルをもどし、床に落ちた皿を拾う。
「・・・・・・すまねえ。かっとなった」
「まあ、気持ちはわからんでもない」
「食ったあとで良かったです」
グラヌスとドーリクに慰めなんだか、一応の言葉をかけられたが、ボンフェラートは椅子に座ったまま、自分の服にかかったパン屑をはらった。
「怒ることもなかろう。手がないわけでもない」
おれは拾った皿を重ね、女給にわたした。立ったままボンフェラートを見おろす。
「おい、ボンじい」
「そうなのか、ラティオ殿!」
グラヌスが期待のこもった目で、おれを見た。
「手なんてねえだろ」
「そうかの。とうに気づいておるじゃろうに。おそらくイーリクも」
みなが一斉にイーリクを見た。イーリクも椅子に座ったまま、しかも服にかかったパン屑をはらいもせず、うつむいていた。
「イーリク、なんなのだ、テサロアを救う手立てとは!」
細身の精霊戦士は答えなかった。
「ラティオ殿、自分にはわからぬ、教えてくれ」
みなが、おれを見ていた。
おれは壁に貼ってあった地図を力任せに外した。止めてあった小さな釘が弾け飛ぶ。そして片づけてなにもない机の上に叩きつけた。
「新しい国を作っちまう」
みなが息を飲んだ。おどろかなかったのは、ボンフェラートとイーリクだけ。
「無茶を申すな、ラティオ殿!」
グラヌスの言葉に、ボンフェラートが腕を組んだまま、ゆっくり口を開いた。
「無茶かの。アッシリア国は現在、何代目かの王じゃ。その前にはアッシリアという国はない」
そう、そしてそれはウブラ国もおなじだ。なにも世界の始まりから国があったわけではない。
「国を作るなど、いったいどうやって・・・・・・」
「それはな、太古の昔から変わらねえ。人の集団があり、そこの王様が国だと名乗れば国だ」
近年で言えばバラールがいい例だ。あそこは自治領となっているが、実質ウブラ国とは別の国になっている。
おれは腕を組み、息をひとつ大きく吐いた。
「しかし、ボンじい、それは誇大妄想だ」
「そうかの。おぬし、その程度だったかの」
この老賢人は、ヒックイトの里に来てすぐ、おれに目をかけてくれた。なにを見込まれたのか不明だが、あらゆることを教えてくれた。
そして腹が立つことに、おれは心の底では不可能だと思っていない。見透かしたような目で、ボンフェラートはおれを見る。
腹をくくれ。そう言いたいのか。しかし・・・・・・
「おれはいいぜ。ここの生まれだからな。しかし、ボンじいはちがう。それでも王に忠誠を誓い、命を賭けるのか?」
ボンフェラートは口を閉ざし、しばらく動かなかった。そしてゆっくり、顔をあげた。
「そう長くもない老い先じゃが、よかろう。この老木、テサロアの土となろう」
ボンフェラートは立ちあがり、机の地図の端にそっと手を置いた。
「おお・・・・・・」
感嘆の声をあげ、立ちあがったのはドーリクだ。
「なにやら武者震いがしてきますな」
ドーリクも地図の端に手を置いた。
「イーリク」
おれは秀才と認めている犬人の名を呼んだ。
「私のような者が、いかほどのことが・・・・・・」
「イーリク! どうするかと聞いている」
「誓う。誓います。子供のころから理想の国とはなにか、それを考えてきました」
イーリクは震える手を地図の端に置いた。やはり、この犬人はおれと考えが似ているらしい。おれも子供のころに考えた。
「マルカはどうする?」
猫人の娘は両手で胸を押さえていた。
「胸が苦しい」
「無理しないでいいぜ」
猫人の娘は怒った顔でおれを見た。
「わかってる! あたしそんなに馬鹿じゃない。みんなが話している意味も、その夢も」
マルカは地図の端に手を置いた。
「なら、決まりだな」
「おお、ラティオ殿、このグラヌスには聞かぬのか!」
「おめえはいいだろ、どうせ決まってんだから」
しかしグラヌスは立ちあがり、背筋を伸ばした。
「このグラヌス、戦士として、この身を王の盾とし敵を討ち滅ぼさん!」
グラヌスが地図に手を置く。あいかわらず大げさだぜ。
そしておれも地図に手を置いた。
「なにから始めるか、なにも決まっちゃいねえが、これで行き着く先だけは決まったな」
アトが立ちあがる。
「ぼくも誓うよ。なにができるか、わからないけど足を引っぱらないようにする!」
みなの口が、ぽかんと開いた。
「アト、話を聞いてたか?」
「聞いてたよ」
「ぬぅ・・・・・・」
ドーリクが唸って大げさに腕を広げ、天を仰いだ。
「国を作るなら、王が必要だ。それが一番手っ取り早い」
「うん」
「だから、みな、王に忠誠を誓った。わかるか?」
「わかるよ。ぼくも忠誠を誓う!」
「アト、自分に忠誠は要らない」
アトの動きが止まった。そして、みなをゆっくり見る。
じりじり後ずさり、椅子に引っかかって倒れた。
「おい、アト!」
腕をつかんで立たした。
「おかしいよ! グラヌスかラティオがやればいい」
「それではだめだ。おまえでないと」
みながうなずいている。
「アト殿、そもそも簡単なこと。この八人をつなげたのはアト殿です」
イーリクが言った。そう簡単なことだ。八人という異種族が集っているのは、アトなんだ。なんで本人がわかってねえんだ!
「乾杯のころあいかな」
いつのまにか、ヒューが麦酒を八つも抱えて帰ってきた。
「ヒューもそれでいいか?」
少し鳥人は考えた。
「危なくなったら逃げる」
「それ、アトを連れてだろ」
「おお、よくおわかりで」
この鳥人の考えることは、わかると言えばわかる。いや、訂正しよう。さっぱりわからん。
「なら、乾杯するか」
おれは麦酒の杯を持った。
「こういうとき、かける言葉は決まってますな」
ドーリクが自慢げに杯を持って胸をそらした。
「ほう、なんて言う?」
大男の犬人は、自分の背丈の半分ほどしかない少年をむいた。
「我らが王に」
それはいい。おれもアトにむけて杯を掲げた。
「我らが王に」
みなが口をそろえ酒を口に入れた。アトはそれを見ていたが、やがて諦めたのか、ぐいっと杯をあげ、にがみに顔をしかめながら飲んだ。




